次元の高い人生を送っているか、次元の低い人生を送っているか。
我々にとって一番重要なテーマであると言っても過言ではない。
つまり質の高い人生を送っているか、質の低い人生を送っているかの問題であって、量の多い人生を送っているか、量の少ない人生を送っているかの問題ではない
しかし我々は躍起になって量の多い人生を追い求めて生きている。
健康で長生き出来てはじめて意味のある人生なのに、ただただ長生き出来ればいいかの如く、本来聖職であるべき医療機関が拝金教の布教組織に変貌し、意味のない人生80年の人間社会をつくってしまい、挙げ句の果てに高齢者社会と介護ビジネスの肥大化現象が起きている。
介護してもらわなければ生きることができない老後の人生なら、早く死ねばいい。
医療業界や新しい介護ビジネスなどといった商業主義に踊らされて、無理に長生きして一体何の意味があるのか。
これこそ量の多い人生を送っているだけで、それだけ質の低い人生になってしまっていることを、お年寄りは自覚しなければならない。
無自覚になっているから、健康保険を無駄遣いして無料に近い費用で医療してもらえると唆されて、自然治癒力で治せばいいものを医者や薬に頼って、却って介護してもらわなければならない事態に陥る羽目になっている。
定年退職したあと何をして余生を送っていってよいのかわからない男性が激増しているが、これは男性の問題だけではなく、女性の問題でもある。
女性にも定年退職があることを自覚しなければならない。
結局の処、量の多い人生を追いかける余り、質の高い人生を送っていない事に根本的問題がある。
“出世して、お金持ちになって、立派な家に住み、高級車を乗りまわし、一流ブランドをたくさん身につけ、周りの者から憧れと尊敬を一身に受けたい”という“この世的成功”とは、量の多い人生であっても、質の高い人生では決してない。
“それでは質・量共に多い人生を送ればいいではないか”と嘯く、知識だけ多い人間が必ずいる。
質・量共に多い人生など、二元論が厳然と働く我々の世界ではあり得ない。
量が多くなれば質は必ず下がる。
質の高いものの量は必ず少ない。
従而、この世的成功を追いかけることは、必ず人生の失敗を招くことになる。
お金を追いかければ、必ず人生の失敗を招く。
出世を追いかければ、必ず人生の失敗を招く。
次元の高い人生とは時間に振り回されない人生であり、次元の低い人生とは時間に支配される人生であると言ってもいい。
二十一世紀は、次元の高い人生をそれぞれが目差す世紀である。
人類の進歩はそこに掛かっている。