(その八)

1270年から1975年まで存続した古い国家であり、最大版図は現在のソマリア、ジブチ、ケニア、スーダン、エジプト、アラビア半島の一部まで及び、欧米のアフリカ分割の最中にあって独立を保ったアフリカ最古の独立国であるエチオピアは、アフリカ大陸の中にあって、文明の臭いがプンプンする異色国家である点において、アフリカ大陸の東北、つまり、陰陽道風に言えば、アフリカ大陸の鬼門の位置にあるエジプトと共通点が多い。
まさに、人類の発祥の地、すなわち、エデンの園そのものであるアフリカ大陸にとって、文明とは、エデンの東にある町ノドで発生した鬼門のエジプトなのである。
まさに、エデンの園、すなわち、自然社会にとって文明社会とは鬼門であり、厄病神であるのは、東洋思想のみならず、西洋思想においても東という方角にあるらしいことがわかる。
ところが、人類はみな東を目指すものらしい。
西洋社会の原点である聖書でも、約束の地カナンは東にあり、ユダヤ教のみならず、キリスト教、イスラム教にとっても開祖であるモーゼの「出エジプト」は東を目指した物語であり、日本書紀でも、神武(天皇)の東征の物語がある。
ではなぜ、人類はみな東を目指すのか?
太陽は東から出て西へ沈むからだ。
古代フェニキア語で、太陽が出る東を(asu)と呼び、太陽が沈む西を(ereb)と呼んだことから、アジア(Asia)とヨーロッパ(Europe)という言葉が生まれた話は象徴的であり、象徴的な話には必ず真実が裏に隠されている。
西から東を目指すのは、元々、東にいたからだ。
モーゼの一行はなぜ東にある神との約束の地カナンを目指したのか?
元々、彼らはカナンの地に住んでいたからであり、東を目指すとは、元々の地に帰ることに他ならない。
神武の東征は、実は、東に帰ることであって、都を東に戻す東遷に他ならなかったのであり、すべては、旧約聖書のコピー版なのである。
日本の発祥の地とされている邪馬台国が九州説か畿内説かの答えのヒントが旧約聖書にあるわけだ。
そして、他のアフリカ諸国、特に、サハラ砂漠以南の自然の匂いが充満する諸国とは大きく違うのが文明社会の実体であり、旧約聖書に描かれている世界は、実は、文明社会に焦点が絞られていたのである。言い換えれば、旧約聖書で、たとえ、エデンの園を自然社会と主張しても、所詮は文明社会に焦点が絞られていることを決して忘れてはならないのである。
そして、エチオピアがアラビア半島の一部までその勢力範囲を拡げたと云う地域こそがイェーメンであり、モーゼがヘブライ人を引き連れて紅海を渡ったその地であったわけだ。
晴れて神との約束の地カナンに辿り着いた一行が大いなる苦難を乗り超えて、やがてイスラエルという国家をダビデによって建設されるのは、出エジプトから400年後のことである。
ダビデの跡を継いだソロモン王が愛したシバの女王が、実は、イェーメンの女王で
あったのに、エチオピアの女王として歴史が現在に伝えている齟齬は一体何故であったのか、表の歴史で伝えられない真実の歴史が裏の歴史となってゆく所以である。
エチオピアとイェーメン。
アフリカ大陸とアラビア半島。
紅海という海で隔てられている異質の国であるのに、同じ価値観を共有するエチオピアとイェーメン。
アフリカ大陸は南米大陸とともに、コーヒー豆の大産地であり、ブルーマウンテン・コーヒー、キリマンジャロ・コーヒーを筆頭にジャマイカ・コーヒー、ザンビア・コーヒーなどの中にあって、モカ・コーヒーもその一つだが、モカ・コーヒーだけは、エチオピア・モカとイェーメン・モカがあるのは不思議だ。
紅海に面したアラビア半島側、すなわち、イェーメン側にモカという港町が現存している事実が、公式歴史の詐称性を露呈している。
紅海という海で隔てられているエチオピアとイェーメンは、実は、旧約聖書の「出エジプト記」によって繋げられた国であり、旧約聖書のみならず、新約聖書も含めた聖書そのものが、歴史を詐称した証明でもある。
日本の公式歴史書として伝えられている「記紀」、つまり、「古事記」と「日本書紀」にも同じことが云える。特に、万葉仮名で書かれた「古事記」には、まだ当時の日本人の良心が垣間見ることができるが、漢字、すなわち、中国語で書かれた「日本書紀」の記述には疑問点が余りにも多すぎる。
「日本書紀」では、鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)までの神々の時代と、神武天皇からはじまる人世の時代の中で、鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)の兄にあたる瓊々杵尊(ににぎのみこと)こそが天孫降臨した神と人の橋渡し役であり、鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)の祖母にあたるのが天照大神(あまてらすおおみかみ)という女王であるが、中国の三国史の魏書の一節である魏志倭人伝で語られている「邪馬台国の女王卑弥呼」とは天照大神(あまてらすおおみかみ)のことである話とシバの女王の話はどこか似ている。まさに、「日本書紀」は旧約聖書のコピー版なのである。
ではなぜ、日本の歴史が旧約聖書のコピーでなければならないのか?
国家元首が国民選挙で選ばれる大統領の共和制国家が圧倒的に多い現代社会の中で、世界のつまはじき国家、北朝鮮民主主義人民共和国とは名ばかりの国と同じで、国家元首が世襲した王である立憲君主制を現在でも堅持している日本の天皇家は125代、初代神武天皇が即位した年が紀元前660年だから、2671年という圧倒的な王朝を誇っているが、一哉が6才の頃、自宅の床の間に124代昭和天皇とその皇后の写真が飾られていることに違和感を持ったことがあり、父、勝次郎からその時教えられたことを今でも克明に憶えている。
「昭和天皇は64年間、天皇をなされていたが、最初の神武天皇は100年以上の永きに亘って天皇をなされていたぐらいで、まさに、現人神(あらひとがみ)さまなのだ・・・」
一哉はその時、父、勝次郎に追い討ちをかけるように問いなおした。
「へえ、それなら、100才以上生きたら神さまになれるの?」
「じゃ、なぜ64年間しか生きられなかった人が、神さまのように飾ってあるの?」
一哉の問いに勝次郎は戸惑いの表情をするだけで、何も答えられなかった。
『あのとき親父が答えなかった理由が、この旅でわかるかもしれないなぁ!』
事実、数年後に訪問したイランで革命と出くわしたのだが、一哉は革命直前のイラン人家庭に招待されたことがあった。
『まるで少し前の日本と同じだ!』
イスラム教は偶像崇拝をしないから、イスラム教寺院(モスク)の中はがらんどうだ。
それぞれの家庭の中でも、がらんどうの神聖な場所を設けているのだが、一哉が招待を受けたイラン家庭でも、革命前だった所為もあって、パーレビ国王、妃の写真が現人神(あらひとがみ)のように飾られていたのである。
ところが、革命の兆しが見えはじめた2ヶ月後には、2枚の写真は毎朝掃きだされるゴミ箱の中に無残にも捨てられていた。
野生児で育った一哉の人間不信が倍増した瞬間だった。
『他の動物たちは、毎日同じ繰り返しの単調な生活を続けているのに、人間だけは単調な生活に飽き、ころころ変るのは何故だろうか?』
『子供でも少し大きくなると、単調な繰り返しに飽きがきてしまうようになり、疲れの知るようになるのは何故だろうか?』
子供のときの何気ない疑問の多くは真理に根ざしたところから発しているのだが、子供の頃に真理を忘却してしまった大人にとっては、荒唐無稽な質問として自分の子供の疑問を一蹴してしまう結果、人間社会だけが悪循環に陥ってしまい、真理を忘却した汚染された子供だけが大人へと成長していく。
そんな汚染された人間が生んだ世界が、差別・不条理・戦争が罷り通る人間社会なのだ。
『エチオピアの顔を見れば、日本の全身が見えるはずだ!』
一哉は確信を深めて、エチオピアの首都アジスアベバに入っていった。
遊覧船の船長との、およそ一ヶ月の船旅も終わりに近づく、一哉は名残を惜しんだ。
「世話になったね!ありがとう!」
「アリコム・サラーム!」
船長はアラビア語で一哉に別れを告げた。
古代からエチオピアはイスラエルと縁の深い国である。
古代イスラエルが繁栄したのは、初代ダビデ王、二代目ソロモン王の時代だけで、三代目レハビアム王になると国家は混乱状態に陥っていった。
王など存在しない共同社会を長く堅持してきたヘブライ人が、神との約束の地カナンに戻る際に、他の民族との戦での苦労を学習した結果、中央集権国家の必要性に気づき、イスラエル国家を建設したが、一体何の必要性であったのかの疑問を皮肉にも見事に露呈したのである。
国家という概念の必要性は、戦、すなわち、戦争を前提においての概念に過ぎず、戦争のない社会には、国家の概念など百害あって一利もない証なのだ。
先ずは差別・不条理・戦争あっての国家なのであり、逆に言えば、国家の概念などなければ、差別・不条理・戦争など起こり得ないのである。
現有する200以上ある国家のすべての憲法が専守防衛を謡っていながら、軍隊を保持しているのは、政治という代物がまやかし以外の何者でもないことの証である。
すべての国家の軍隊の目的が専守防衛、つまり、防衛にあって、侵略にないのであれば、何処の国家も軍隊など無用だ。
仮に200以上ある国家の中で、ひとつでも侵略を目的とする国家があれば、他のすべての国家は防衛のためだけの軍隊を持つ必要があるが、どの国家も侵略は一切しないのであれば、どの国家も軍隊など要らないはずだ。畢竟、政治とは不信の塊に過ぎないことの証明である。
政治家の人相が、悉く、猜疑心の塊に見える所以であり、宗教家の人相が、悉く、上の空風に見える所以と共通するものがある。
一哉がアジスアベバに入って気がついたことが一つある。やたら、軍人の数が多いことだ。永い間続いた王朝を転覆させたのは軍隊によるクーデターであったからだが、堅固な王朝を維持するにも軍隊の支えが必要だ。親衛隊と呼ばれる、いわゆる、私設軍隊という化け物だ。
独裁者は必ず親衛隊をつくり自己の保全を図る。
私設だから、維持費も独裁者のポケットマネーで賄われるわけで、独裁者が必ず隠し資産を持つ所以がここにある。
イランのパーレビ国王も、イラクのフセイン大統領も、フィリッピンのマルコス大統領も結末はみんな同じ中で、唯一、北朝鮮民主主義人民共和国だけが、必然の結末に達していないが時間の問題だけだ。
更には、中華人民共和国もまったく同じ矛盾を抱えていて、国家元首は人民(国民)の直接選挙で選ばれるのが共和制なのに、中華人民共和国の国家元首である主席は人民(国民)の直接選挙で選ばれていないから、この国もまた、必然の結末に達していないが時間の問題だけだ。
独裁王朝が崩壊した後には、必ず軍事政権が誕生し、畢竟、軍事政権も独裁王朝と同じ穴の狢と化すのは、カンボジアのポルポト軍事政権が証明していることを知っていた一哉は、やたら軍人が多いエチオピアという国の近未来を予測できる気がした。
いわゆる超能力者の予言は、丁半バクチと同じで50%当るし、50%外れる詐欺のようなものだから、確実な時刻予測ができないのに対して、事実というデータに基づく予測は、時刻予測にも確実性がある。
『この国の軍事政権は一体何時ごろ崩壊するだろうか?』
独裁王朝政権を倒すのは軍事政権であり、これは革命ではなく、クーデターである。
革命とは国民、市民、民衆によって為されるものだ。
共和制国家が誕生するには、国民、市民、民衆による革命が前提条件なのに、その前に軍隊によるクーデターが起こると最悪の事態になり、国民、市民、民衆の悲劇は免れないことは、カンボジアのポルポト軍事政権が数百万人のカンボジア人を殺戮し、アフリカのボツニアで3百万人の市民の足を斧で叩き切った軍事政権が証明している。
『エチオピアの実質上の政権である軍隊が何時崩壊するのかを予測できれば、北朝鮮、延いては、中国の現政権が崩壊するのが何時なのか確実に予測することができる!』
一哉の野生の直感が働いた。
『そう言えば、ローマオリンピックと東京オリンピックのマラソンで金メダルを獲得したアベベも軍人だった・・・そして、今でも、エチオピアのマラソン選手は悉く軍人で占められている!』
政治とスポーツは一見、まったく無関係のようだが、実は大いに関係しているのである。
ナチスドイツを支配したアドルフ・ヒットラーはベルリン・オリンピックを強引に開催し、ドイツの金メダル獲得数世界一を目指したし、冷戦時代の東西横綱だったソ連とアメリカも、オリンピックの金メダル獲得数で鎬を削った。
スポーツとは民主主義政治の道具に過ぎないのであり、畢竟、政治そのものであることを証明している。
独裁者ですらスポーツを政治の道具にしてきたことは、独裁者ですら国民、市民、民衆の陰に常に怯えていたからだ。
独裁者アドルフ・ヒットラーはドイツ国民に常に怯えていたから、スポーツで国威を高揚したのである。
ソ連の書記長も、アメリカの大統領も、国民に常に怯えていたから、スポーツで国威を高揚したのである。
スポーツが過度に盛んになることは、クーデターや革命が起こる前触れであることは、古代ローマの崩壊劇が教えている。
皇帝ネロの時代に建設されたローマのコロッセオは、過度のスポーツが獣と人間の殺しあいにまで発展した象徴であり、その後、ローマ帝国は衰退してゆく。
スポーツと相俟って過度に盛んになるのがセックスであり、古代ローマ帝国では、カリギュラ帝の時代であった。
エチオピアがマラソン大国になったことが、人類のボタンの掛け違いの秘密を解く鍵になるかもしれないと一哉は胸を踊らせた。