(その七)

自然の宝庫として知られているアフリカ大陸は、サハラ以南のアフリカのことであり、サハラ以北のアフリカは古代文明の宝庫であったのは、言うまでもなく、地中海に面しているからである。
海と陸。
地球46億年の歴史では、先ず、陸だけがあり、その後、海ができた。
他の星にも地球と同じような生命体が存在するかどうかの最初の鍵は、水の有無によって決まるように、地球上に生命体が発生する上において先ず欠かせないのは、海の存在である。
地球が太陽から誕生したのは46億年前であり、生命体が地球上で誕生したのは8億年前であることが、先ず、陸だけがあり、その後、海ができた証に他ならない。
先ずは陸、すなわち、砂漠であり、その後、海なのである。
まさに、自然がはじめにありきで、その後、文明が誕生したことを、アフリカ大陸は自ら証明している。
そして、人類は、豊かな水のあるところに文明を開花させた。
古代文明の地はすべて、大海に出る大河の三角州(デルタ)で興った所以である。
メソポタミア文明は、チグリス川とユーフラテス川が合流してシャトル・アラブ川となってペルシャ湾に出る三角州(ウル)で興り、インダス文明は文字通り、インダス川の三角州(モヘンジャダロ)で興り、中国文明は黄河流域とその三角州(中原)で興り、そして、古代エジプト文明はナイル川の三角州(ナイルデルタ)で興ったように、海と陸の境界線の処で文明が発生する。
まさに、五感という境界線によって自他の区分け意識という自我意識が発生し、“自分さえよかったらいい”という自我意識が文明を興すのだ。
一方、大陸の内側、すなわち、内陸部では自然が巾を利かし、文明とはおよそ無縁な世界を展開する。
他方、海でも自然が巾を利かし、文明とはおよそ無縁な世界を展開する。
まさに、
まさに、海と陸の境界線の場所だけで、自他の区分け意識という自我意識が発生し、“自分さえよかったらいい”という自我意識が文明を興すのだ。
一哉は、ナイル川を上っていくに連れて、文明の匂いから自然の匂いに移り変っていくのを感じ取っていた。
文明が発祥する三角州(デルタ)とは、地図を人間の身体でたとえるなら脇に当る場所になる。
脇は、常に清潔にしておかないと、嫌な匂いを発する。脂肪酸の分解によって悪臭を放つからだ。
文明とは、まさに、肥え太ったゆえ放つ悪臭なのだ。
悪臭を放たない文明を維持するためには、常に、清潔な世界にしておかなければならないのに、文明自体が、自らの身体を肥え太らせる体質を有しているゆえに、自然社会にとっては、我慢ならない嫌な匂いを発する場所なのである。
アフリカ大陸が、悪臭を放つサハラ以北と、自然の香りを漂わせるサハラ以南の二層に分かれている所以であり、サハラとはアラビア語でまさに“砂漠”であり、一見、峻厳な砂漠も実は、地球上で最も清潔な場所なのであり、サハラとは、まさに、不潔なものを清潔なものに変える篩に他ならないのである。
悪臭を放つ古代文明と別れを告げたのも束の間、一哉は、スーダンの首都ハルツームに着いた。
首都という処は、先進国のみならず開発途上国、後進国のいずれにおいても、悪臭を放つ処らしく、スーダンの首都ハルツームもご他聞に洩れず、悪臭を放っていた。
ハルツームはウガンダのビクトリア湖から流れ出る白ナイルとエチオピアから流れ出る青ナイルの合流地点の南岸にあるスーダンの首都だ。
ナイル川はここからエジプトを通り地中海へ北に向かう。
1820年にエジプトのムハンマド・アリ朝による支配の拠点として築かれたハルツームは、ナイル航路の拠点となり奴隷貿易の中継地として栄えた。
現代エジプト国の2代目大統領アンワール・サダトがスーダン系エジプト人である所以がここにある。
大英帝国のゴードン将軍が守備したハルツームをマハディ・ムハンマド・アフマドの軍が1884年3月13日から包囲し、1885年1月26日に陥落させた。
オムドゥルマンで1898年9月2日にマハディ軍はイギリス軍に敗れ、1万人以上が殺害された。
1998年8月7日、ナイロビ、ダルエスサラームのアメリカ大使館爆破事件でアルカイダに関係して化学兵器を製造しているとされ、8月20日ハルツームのアルシーファの製薬工場がアメリカの巡航ミサイルで攻撃された。
アメリカという国の正体は、石油の匂いを追いかけて獲物を探すハゲ鷹である。
鷲を国のシンボルにしているが、その正体は餌を横取りするハゲ鷹である。
リビアで発見された油田の実質の権利を、当時の王朝から奪い取ったオキシデンタル石油を追放したのが、当時のカダフィー中尉だったが、アメリカの執拗な彼への中傷と経済制裁によって、リビアもアメリカの軍門に下った。
リビアといえば、「砂漠のライオン」を思い出す。
歴史を深く学べなかったことに対する後悔の念を今回の旅で痛感した一哉だったが、映画への思い入れが深かったのが幸いしたのが「砂漠のライオン」だった。
特に自由奔放に生きた高校時代の思い出の中で特筆すべき事柄が、映画狂であった点である。
学校から帰る途中で必ず映画館に寄って映画鑑賞するのが日課だった一哉にとって、映画鑑賞が歴史の学問に知らぬ間になっていたのであり、「砂漠のライオン」も映画鑑賞した一つだった。
1929年。北アフリカのサハラ砂漠。その地にローマ帝国を再建しようという途轍もないことを企む者がいた。
イタリアの独裁者ムッソリーニだ。彼は、その望みを叶えるために、邪魔な存在であるベドウィン(遊牧民)反乱軍とその指揮者、オマー・ムクターを捕えようと、ロルドフォ・グラツィアーニ将軍を現地指令官に任命した。
オマー・ムクターは、信望厚い教師であり、“砂漠のライオン"と呼ばれる程の勇敢なる戦士であった。
副官のプ・マクリから新任指令官到着を聞いたオマー・ムクターは、早速奇襲をかけるが、それに対するグラツィアーニの報復もつかさず続いた。
トメリー少佐の部隊が村を襲い、村の女マブルーカは、長男を殺され娘を奪われた。その時、末息子は愛国者のゲリラ部隊参加を決意した。
村が奇襲されたことを知ったオマー・ムクターは、急拠村に向かい敵を倒した。
人々に迎えられたオマー・ムクターは、戦いで未亡人になった女の息子アリを養子にした。やがて、グラツィアーニが宣戦を布告し、村の人々の苦しみが再び始まる。
収容所に閉じこめられるベドウィンの民たち。グラツィアーニは、ディオデーチェ大佐をオマー・ムクターとの会見に派遣した。やがてイタリア軍はクフラを陥落させ、さらにオマー・ムクターの友シャリフを降伏勧告の使者として送るが、オマー・ムクターは、彼の申し出を断る。
ワジ・エル・クラの山峡を戦略地点に選びイタリア軍を攻撃するオマー・ムクターたち。焦ったグラツィアーニは有刺鉄線の柵でベドウィンを幽閉し彼らの糧食を絶った。劣勢の反乱軍。遂にオマー・ムクターは捕えられ、ベンガジで開かれた軍事法廷では彼の死刑が告げられた。
1931年9月16日午前11時。オマー・ムクターは、多くのベドウィンの民たちが見守る前で処刑されていった。
しかし彼の死は、残された人々に、強い意志と勇気を燃え上げさせるのだった。
古今東西の歴史の中で繰り返されてきた不条理だ。
イングランドから独立させたスコットランドのウィリアム・ウォーレスも、「初夜の権利」という不条理極まりない支配者側の掟に立ち向かった英雄である。
「初夜の権利」とは、支配者側であるイングランドの将校は、被支配者側であるスコットランドの花嫁の初夜の権利を花婿より先に持つという、まさに、スコットランド人を畜生扱いする掟なのだ。
ウィリアム・ウォーレスは、多くのスコットランドの民たちが見守る前で、処刑されていったが、彼の最後の言葉が“自由のために!(Freedom)”だった。
支配者側によって十字架に架けられたイエス・キリストの最後の言葉は象徴的であった。
“神よ!彼らは自分たちが何をしているのかわかっていないのです!”
彼らとは、まさに支配者側の人間のことだ。
人間社会とは、まさに、「支配者たちの森」のことだ。
スーダンという国はエジプトに支配されてきた歴史を持つ、いわゆる、衛星国家だ。
ポーランドという国はロシアとドイツに交互に支配されてきた歴史を持つ、いわゆる、衛星国家のように。
朝鮮という国は中国と日本に交互に支配されてきた歴史を持つ、いわゆる、衛星国家であるように。
そして、古代エジプトは、人類の歴史の黎明期を代表する国家であったのに、近代エジプトは、フランスとイタリアの両国を宗主国とされてきた歴史を持つ、いわゆる、植民地国家に過ぎない。
植民地国家となると、ヨーロッパ以外の国はすべて一時期は植民地国家に成り果てていたことがあり、アメリカにおいてさえ、イギリスからの独立を果たした国なのである。
人間の一生でたとえれば、ヨーロッパは壮年から老年に差しかかる国家であるのに対して、アメリカや中国は幼年から壮年に差しかかる国家であり、太平洋戦争以降に植民地国家に成り下がった日本はまだ幼年期を脱していない国家といえる。
織田信長が一世を風靡した戦国時代、そして、700年に及ぶ武家政権の終焉を演じた明治維新の時に、日本という国は壮年国家になれる機会があったが、悪意の人間社会がその芽を摘み取ってしまった。
文明がはじまって以来の人間社会は、悪意の社会であり、文明がはじまって以来の人間の歴史は、悪意の歴史であった。
スーダンは、悪意も善意もない自然社会と、悪意の人間社会の狭間の国であったことに気がついた一哉は、旅のはじめにアフリカを選んだこと、そして、先ずエジプトを選んだのが間違いないことを確信したのである。
エジプトの延長にスーダンがあり、更に、その延長にケニアやタンザニアがある。
人間社会は決してエデンの東にあるノドという町にあるのではなく、エデンの園の東の端だが、依然エデンの園で暮らしていることを知るに至ったのだ。
スーダンの首都ハルツームは、エジプトの首都カイロのミニチュア版であることを知った一哉は、そのまま、ナイルの船旅を続けることを決心したのだが、肝腎のナイル川がハルツームで青ナイルと白ナイルに分かれ、遊覧船はエチオピアに源流を持つ白ナイルへの旅を続けるらしい。
『青ナイルのウガンダに行くべきか?』
『白ナイルのエチオピアに行くべきか?』
まさに、青ナイルのウガンダには自然の発見があり、白ナイルのエチオピアには古代エジプトと古代ユダヤの隠された歴史の宝庫がある。
『時間はおよそ無限にある!』
一哉はゆったりとした旅路を選んだ。
『よし、白ナイルのエチオピアに行こう!』
すでに2週間の旅を共にした遊覧船の船長と友達になっていた一哉が彼に伝えた。
「このまま、船の旅を続けて行くよ!」
船長は嬉しそうにVサインを出してウィンクをした。
一哉にとってのエチオピアに対する知識とは、嘗て、ローマオリンピックと東京オリンピックのマラソン競技で二連勝したアベベ・ビキラという英雄だけしかない。
アフリカの国でありながら、顔形が他の黒人たちと違うという印象が強かった。
「おれはエチオピア人なんだ!」
船長が嬉しそうに一哉に言う。
『そういえば、あのアベベ・ビキラに似ている!』
そこで一哉は訊いてみた。
「アベベ・ビキラって知っているかい?」
その瞬間(とき)、船長の顔色が急に変った。
だが一哉は敢えて話題を変えた。
「世界三大美人って誰か知っているかい?」
顔面蒼白の余韻を残した船長は、弱弱しく首を横に振ったが、一哉は強引に変えた話題を進めた。
「エジプトのクレオパトラがその一人だよ!」
弱弱しく首を横に振った船長の表情は依然変らない。
「中国の揚貴妃がもう一人だよ!」
弱弱しく首を横に振った船長の表情は依然変らない。
「エチオピアのシバの女王が最後の一人だよ!」
その瞬間(とき)、船長の顔色が紅潮した。
シバの女王といえばソロモンが登場しなければならない。
歴史に疎い一哉でも、それぐらいは知っていた。昔、「ソロモンとシバの女王」という映画があったからだ。
エチオピア人の船長を喜ばせてやろうという善意で言ったつもりだったが、紅潮した顔色に変った船長の次の言葉で、実は激怒していることを一哉は理解したと同時に、歴史には表と裏があり、裏の歴史が実は真実であることを悟ったのである。
「シバの女王はエチオピア人ではなくイェーメン人だよ!」
更に驚くべき裏の歴史を船長は語りはじめた。
旧約聖書に描かれている「出エジプト記」の40年の放浪の旅の挙句に、紅海を渡ったモーゼに引率されたヘブライ人たちは、アフリカ大陸側のエチオピアから、アラビア半島側のイェーメンに渡ったのである。
そして、目的地である約束の地カナンを目差して北上した。
苦難の40年の放浪の旅を終えた彼らはやっとの思いで安住の地に辿り着いたのだが、それから300年かけてヘブライ人たちは国家というものを遂に築きあげた。ダビデ、そして、その息子ソロモンによってである。
ソロモンとシバの女王の物語は、後年、シーザーとクレオパトラの物語とラップしていくことで、シバの女王は古代エジプトの友好国であり、属国であったエチポピア人となっていった。
エチオピアとエジプトはお互い長い歴史を持つ中で、時には敵対国であり、時には友好国であっただけで、エジプトとイェーメンの深い関係の比でない。
アラビア半島の中で、イェーメン人だけがまったく違った人種で、サウジアラビアを筆頭に、クェート、カタール、バーレン、アラブ首長国、オマーンといったアラビア半島の住人はすべてセム族の血を引いている、わし鼻で有名な人種だ。
一方、イェーメン人はエチオピア人と殆ど変わらない人種で、アラビア半島をルーツにしているのではなく、アフリカ大陸の一人種なのである。
まさに、アフリカ大陸とアラビア半島を結ぶきっかけをつくったのが、モーゼに引率されて紅海を渡ったヘブライ人の3300年前の出来事であり、紅海を渡ったのが事実である証拠が、アラビア半島にありながらエチオピア人と同じルーツを持つイェーメン人の存在に他ならない。
モーゼが神に祈って、紅海を割ってもらったのではなく、自分たちの力で船をつくって渡ったのが本当の話であり、神の力を誇示したい宗教が仕組んだ後日談に過ぎないのだろう。
一方、エジプトもアフリカ大陸の中にありながら、アフリカらしくない国だ。その理由は、エジプト人は聖書民族であるヘブライ人と同じハム系だからである。
アフリカ大陸の北東の端に位置する地理的要因も大きく、人種の坩堝であったメソポタミアのウルまで1000km程度の距離しかなく、人類の中興の祖であるアブラハムの血を受け継いでいる。
スーダン人の血を引いているサダト大統領が、他のアラブ諸国の反対を無視して、イスラエルとの和平会談を単独で行った遠因はここにあったのだ。
その結果、サダト大統領は暗殺された。
暗殺者の黒幕はリビアの国家元首、カダフィー大佐だと巷間では信じられているが、この情報源はアメリカのCIAであるだけに、信憑性は極めて薄い。
リビアは古代ローマ帝国時代に繁栄し、最強都市国家(アクロポリス)ローマと対峙したカルタゴで有名な誇り高い国家だ。
リビアの首都はトリポリだが、トリポリはリビアの北西部に位置し、地中海に面した港町である。人口はおよそ150万人のリビア最大の都市だ。
都市名は紀元前7世紀にカルタゴによって建設されたフェニキア人の植民都市3つを総称してギリシア語で「3つの都市」を意味するTri-polis という名で呼ばれたことに由来する。
アラビア語ではタラーブルスといい、レバノンにある同名の都市トリポリ(タラーブルス)と区別して西トリポリとも呼ばれる。
レバノンも聖書時代は「カナンの地(約束の地)」であり、当時から、西トリポリに対して、東トリポリが「カナンの地(約束の地)」にあったわけだ。
日本の公式歴史書である「日本書紀」にある「神武の東征」とは、ヘブライ人が「カナンの地(約束の地)」に帰還することを捩ったと言われている所以であり、西トリポリから東トリポリへの帰還こそ「神武の東征」の正体だったかもしれない。
歴史を学ぶことの重要性を知った一哉ゆえに、エチオピアに向かうことを選んだのである。特に、年代別で羅列するだけの点の歴史ではなく、時系列で語る線の歴史、時系列に空間を加味した、すなわち、世界全体の歴史として語る面の歴史こそ、現代人にとって極めて重要なのだ。
エチオピアという国は、面の歴史をそのまま語っているような国であり、エチオピアに優るとも劣らない国が世界に唯一ある。それが日本だ。
一哉に課せられた宿命というものがあるとするなら、面で歴史を語ることができる数少ない国で生まれたという点にある。
面で歴史を語ってきた国の特徴は、一貫した王朝が存在する点にある。
その逆を示唆している典型的な国が中国だ。
「易姓革命」と称している多様な王朝を受容している国の代表が5千年の歴史を誇る中国である一方、高々200年そこそこの歴史しか持たないアメリカも典型的な「易姓革命」の国だ。
他方、日本の王朝は紀元前660年から現在まで至っている125代続いた天皇家であり、エチオピアも1270年から1975年まで存続した古い国家であり、現在のエチオピアおよびエリトリアにほぼ一致する領域を支配し、最大版図は現在のソマリア、ジブチ、ケニア、スーダン、エジプト、アラビア半島の一部まで及び、欧米のアフリカ分割の最中にあって独立を保ったアフリカ最古の独立国である。
紀元前5世紀から10世紀にかけて、この地域ではソロモン王とシバの女王の後継を称するアクスム王国が繁栄していた。
アクスム王国は10世紀頃にザグウェ朝に取って代わられたが、そのザグウェ朝も王位継承争いによって衰え、アクスム王の血筋を受け継ぐと称するイクノ・アムラクによって1270年に滅ぼされた。
イクノ・アムラクはエチオピア帝国初代皇帝に即位し、彼の建てた王朝はソロモン朝と呼ばれた。
エチオピアの皇帝は、アムハラ語で「王の王」を意味する「ネグサ・ナガスト」と呼ばれる。まさに、イエス・キリストが自ら「王の王(King of Kings)」と称して十字架に架けられ、イラン革命が起こるまでパーレビ王朝を維持してきたモハマッド・レザー・パーレビ王が自ら「王の王(シャーハン・シャー)」と称して憤死したように、自ら「現人神(あらひとがみ)」と称して、太平洋戦争を惹起し、挙句の果てに、原爆を落とされた、何処かの国の国家元首もいた。
一哉がはじめて死を意識したのは、小学校3年生の時であり、新聞でソ連の水爆実験のきのこ雲を見た時だった。
それまでの記憶はうっすらとはあるが、それ以降の記憶ははっきりとしている。
自我意識に目覚めた瞬間であったのだろう。
自我意識に目覚めると同時に死の実在性に気づくのは、自然社会の生きもののように無意識の生き方から、若干の意識的生き方に変る節目である証であろう。
まさに、唯一人間だけが死の実在性に気づくことができるのは、自我意識に目覚める瞬間(とき)であり、生まれてから7年以上の歳月が経過した後のことであるが、70年経過しても気づかない人間が圧倒的に多いのが現代社会だ。
一哉が7才になったとき、父の勝次郎が妻の末野に漏らしたことがあった。
「一哉はここまで野生のままで育ててきたから、将来どんな人物になるか楽しみだ・・・」
子供が将来どんな人物になるか?誰にもわからない。
だが、『今、ここ』にいる子供の姿こそ、将来間違いなく実現するための実在に他ならない。
『今、ここ』なくして未来はない。『今、ここ』を見逃して未来はない。
だが、未来を見据えていては『今、ここ』はない。
未来のために、未来を見据えてはいけないのである。
未来のために、未来を忘れるのだ。
過去のために、過去を忘れるのだ。
現在のために、現在を忘れるのだ。
まさに、自然社会と同調して育った結果、自我意識に早くして目覚めた数少ない人間に生育した一哉は、「出エジプト記」のクライマックスである紅海を渡る舞台を目差したのである。