(その四)

『こんな学生生活はもうごめんだ!はやく自立したい!はやく社会に出たい!』
大学生活のほとんどの期間、常にそう思っていた一哉が、満を持して、社会に飛翔する時がやってきた。
学生時代の、いわゆる、友人と称する類は、まるで凡庸なヒッピーのような連中であったというのが一哉の印象だった。
社会に出た途端、今までも優等生であって、そして、これからも優等生であるような生活態度に変わる、まるで、周りの色に自らも合わせるカメレオンだ。
後輩の杉山憲一はその典型だったが、同学年で同じ高校から進学した山県健蔵や市川東太郎なども同じ類だ。
山県などは、大学受験の際、一哉が東京の大学を受験するなら、自分も従いていくと言い張ったぐらい、一哉にべったりの男だったのに、就職すると、一哉から連絡しない限り、一度も連絡をしてこないのである。
市川東太郎などは更に酷い。市川は4年浪人した挙句の大学入学だから、同学年でありながら一哉よりも4才も年上なのに、家庭の事情で苦学生であることは一哉も理解していたが、しょっちゅう一哉に借金を申し込む始末。
ある時、こんなことがあった。
「1週間後に家から仕送りがあるので、それまで2万円貸してくれないか?」
同情心が湧くのが、一哉の脇の甘さだ。つい貸してしまった。
ところが、借りた金で市川は山県と酒を飲みに行ったのである。
挙句の果てに、1週間経ってもなしのつぶてだ。
頭にきた一哉は、市川に三下半を出したのである。
「2万円の金はお前にくれてやる!」
「そのかわり二度と金を貸してくれと言うな!」
市川は山県同様、卒業すると同時に音信不通となったが、それから10年後に一哉のところに突然やってきた。
一哉がエジプトのエキスパートになっていることを噂で聞きつけて、エジプトの政府要人を紹介して欲しいと依頼してきたのである。
大学では農学部を専攻していた市川は、この10年間、海外青年協力隊に参加していたらしく、国際協力事業団(JICA)のエジプト経済協力プロジェクトの一員になるためには、エジプト政府要人からの推薦状が要る。
そこで、一哉を学生時代のときのように、利用しようというわけだ。
「お前も山県同様、学生時代にはさんざん俺を利用しておいて、社会人になったらなしのつぶてだ!」
「10年も音沙汰なしにしておきながら、頼みごとがあると、こうやって厚顔無恥にも平気でやってくる!」
「お前の紹介して欲しい人物が、仮に俺が知っていても、断る!」
一哉は市川の申し出を一蹴した。
爾来、市川との繋がりは断ち切れたのである。
目先のことに精一杯でそんな余裕がないであろうことは容易に推測できたが、あまりにもカメレオン的なのに、一哉は呆れるばかりだった。
『結局、みんな、西田祝和と同じ類なんだなぁ!』
『目先のことしか、目に入らない連中は信用できない!』
一哉の得た学生時代の苦い教訓は、後年、大きな真理を得ることになる。
目先に囚われることと、『今、ここ』を生きることとは、似ているようで、まるで、似ていない、まさに似非の関係にあることを知るに至ったのだ。
目先に囚われることは、似非『今、ここ』なのである。
それは、過去若しくは未来に想いを馳せる連想行為の超短期発想に過ぎず、いわゆる、姑息な大人に変節することを意味する。
目先に囚われるとは、『今、ここ』を生きることではなく、現在を生きることであり、現在とは超短期過去若しくは超短期未来に過ぎないのである。
現在と『今』を混同してしまったことが、人類が言葉を駆使する知的生きもの・人間に変貌した際のボタンの掛け違いになっていたのだ。
若い間は、野性的に生きること、いわゆる、似非野生に憧れるが、歳を重ねる毎に、しょせん、似非野生はメッキゆえ必ず剥がれる。
西田も山県も市川もホンモノではないしょせんメッキだった。
親のスネをかじって生きている学生時代には、ホンモノかメッキかが判明できないほど、うわべだけの付き合いしかしていない証であり、一哉はうわべの付き合いだけの学生時代にうんざりしていたのである。逆に云えば、ホンモノの付き合いが出来ないのが、野生が欠落した、潜在能力を100%発揮できなくなった人間社会の宿命なのだ。
『学生時代』という若い時代を称賛する唄と、学生時代をニセモノ時代と見抜いた『青春時代』という唄が、ニセモノ人間と、ホンモノ人間の若い時代の決定的な違いを表現している。

『学生時代  作詞 平岡精二』

つたのからまるチャペルで
祈りを捧げた日
夢多かりしあの頃の
想い出をたどれば
懐かしい友の顔が
一人一人うかぶ
重いカバンを抱えて
かよったあの道
秋の日の図書館の
ノートとインクのにおい
枯葉の散る窓辺
学生時代

賛美歌を歌いながら
清い死を夢見た
何の装いもせずに
口数も少なく
胸の中に秘めていた
恋への憧れは
いつもはかなくやぶれて
一人書いた日記
本棚に目をやれば
あの頃読んだ小説
過ぎし日よわたしの
学生時代

ロウソクの灯に輝く
十字架を見つめて
白い指を組みながら
うつむいていた友
その美しい横顔
姉のように慕い
いつまでもかわらずにと
願ったしあわせ
テニスコート キャンプファイアー
なつかしい日々は帰らず
すばらしいあの頃
学生時代
すばらしいあの頃
学生時代

『青春時代  作詞 阿久 悠』

卒業までの 半年で
答えを出すと 言うけれど
二人が暮らした 歳月を
何で計れば いいのだろう
青春時代が 夢なんて
後からほのぼの 思うもの
青春時代の 真ん中は
道に迷っているばかり

二人はもはや 美しい
時代を過ぎて しまったか
あなたは少女の 時を過ぎ
愛に哀しむ 人になる
青春時代が 夢なんて
後からほのぼの 思うもの
青春時代の 真ん中は
胸に刺さすことばかり

まさに、一哉にとっての青春時代は、胸に刺さすことばかりであった。
だが、社会に出て、曲がりなりにも自立した一哉の人生は大きく変わりはじめたのである。
東京の大学に進学したのも、親下を離れて自立精神を養うことが最大の動機であった一哉は、卒業と同時に就職もせずに、先ず、海外に出ることを決意した。
就職する、すなわち、職に就くとは仕事をすることだが、野性の生きものにとっては生きること自体が仕事であり、眠たくなれば眠り、腹が減れば食べ、排便したければ出し、交尾したければ交わるといった生理的繰り返しをすることが、是即、仕事なのであって、それは大人だけではなく、子供でも赤ん坊でも変わりはなく、人間社会のように、自立してから仕事をするといった習慣など一切ない。
親のスネをかじる学生時代を終えて晴れて仕事に就くという人間の習慣を、一哉は端から否定したのである。
自立するとは、親下から離れて独りで生きていくことであり、それが野生の証明である。
親下から放逐された子供が先ずすることは、放浪の旅に出ることだ。
自分たちの親も、その親から放逐され、放浪の旅をするなかで、多くの危険に遭遇しながら生きる術を知っていった。
大学最後の試験を終えた1月末、実家に戻った一哉は、2月には日本を離れることを両親に伝えた。まさに巣立ちの宣言だ。
「卒業式を終えてからでもいいんじゃないの?」
一哉が父の勝次郎以上に尊敬していた母の末野は、一哉の卒業式に出席するつもりは毛頭なかったが、「卒業式」という言葉に郷愁を感じていることは容易に想像できたから、返事に困っていたところ、勝次郎が後押ししてくれた。
「一哉はまだ22才だが、精神年齢は、ひょっとしたら、わたしたち親よりも遥かに上かもしれない・・・だから、本人が決めた通りにするのが一番いいんじゃないか」
父親への尊敬の念と、母親への尊敬心とは本質的に違うことを、一哉はこの瞬間(とき)悟った。
父親とは直接血の繋がりはないだけに、理性に基づく尊敬の念だが、母親の体の一部から分化した子供というものは、母親に対しては、感性を根底においた尊敬心、すなわち、純粋の愛に近いものを持つ。
知性を得た唯一の生きもの・人間だけに存在する親との関わりの特殊性が、ここにも顕著に出ている。
人間社会には、感性から知性・理性に殻やぶりする時期があって、その時に、子供との関わりの主役は母親から父親にバトンタッチされる。
人間の祖先である人類が、エデンの園から追放された原因である、善悪の判断をする知性・理性の果実を食した瞬間(とき)こそ、感性から知性・理性に殻やぶりする時期だったのである。
だが、自然社会(エデンの園)では、こんな習慣は一切ない。
父親の役割は、子種を与え、外敵から家族を守ることだけであり、単独生活の習性を持つ動物には、外敵から家族を守る責務すらない。
オスの役目は子種を提供することだけで、後は御用済みのメス社会だ。
オス社会になった人間社会では、オスの役目が子種を提供することだけでは、支配者であるオスの立場がない。
母親よりも、父親の方が威厳がなければオス社会は維持できない。
小学校を卒業する頃から、子供は母親離れをはじめる。最初の反抗期だ。
その時に、父親の存在が要る。人間と野性の動物の違いがここに顕れる。
高校の途中までには、今度は父親離れも起こし、晴れて、親離れする。
18才が親離れの時期である人間という動物は極めて稀だ。
殆どの野性の動物は、生まれて1年以内に親離れを完了する。
親離れするのに18年も掛かる人間という動物に限りなき疑問を持った一哉は、スネかじりの学生生活が小学校の6年、中学校の3年、高校の3年まででも過剰なのに、更に大学の4年までスネをかじらせる日本の慣習に失望した一方、子供に対する責任は高校までと明確にし、大学に行くのは子供たちの自己責任という慣習を持っている欧米社会の方に些かでも関心を持ったのは必然だった。
欧米社会の子供が、できるだけ早く自立することに自ら腐心しているのに対して、日本社会の子供は、できるだけ長く親のスネをかじろうとするから、西田や山県のようなカメレオンが発生する、と一哉が結論づけたのは、ある意味では野生の深い洞察力の所以でもあった。
日本の青年たちがまだ子供っぽい風貌を残しているのに対して、欧米社会の青年たちが老けて見えるのは、外見だけのものではなく、内面的にも彼らの方が成熟していることを示唆しているのであり、この傾向は、30代になっても、40代になっても、50代になっても変わらず、60代あたりになって、やっと日本と欧米との差がなくなってくるほど、大きな乖離がある理由を一哉は知りたかったのである。
「一哉、どこの国に行くんだ?」
父・勝次郎は興味津々風に一哉に訊いてみた。
勝次郎の期待した答えはアメリカだったが、まるで正反対の答えが返ってきたのである。
「アフリカに行ってみたいです」
親のスネをかじっている学生時代までは、父親の勝次郎に対しても敬語を一切使わなかった一哉が、今では敬語を使うようになっていた。
親離れ宣言であり、これからは、人間として対等になったという宣言でもあった。
対等関係にあるから、相手に対して丁寧語、つまり、敬語を使うのである。
現代日本社会の若者が、年上の人間に対して敬語を使えなくなっている原因は、自立していないことを自ら宣言しているようなものなのに、片方で自己主張をするのは、自己矛盾も甚だしい。
『自立もできていない人間が偉そうな口をきくな!』
『まるで山県や杉山のような奴ばかりだ!』
一哉が学生時代に杉山や山県に言いたかった科白だ。
そんな一哉に違和感を若干持つ勝次郎だったが、そのことよりも、アフリカに行ってみたいという返事に吃驚した。
「野生の本質を知るには、アフリカに行ってみることが一番でしょう?」
「先ず、アフリカ大陸を全部まわってみようと思います」
一哉は、人間社会だけにある差別の中で、黒人差別問題の舞台であるアメリカとアフリカの関わりを知りたかったことも内心あったが、それは勝次郎に告げず、自分の心の中で収めていたのである。
『その後にアメリカに行ってみよう!』
7才まで野性のままで育てたいという意思であったから、一哉の返事は期待に沿うものであった筈なのに、却って驚く自分に、勝次郎は精神の老いがひたひたと迫っていることを自覚した。
「そうだな、人類の誕生はアフリカからはじまったのだから、人間が野性を失った原因を発見できるとするなら、それはアフリカにしかないわけだ・・・」
人類の誕生、すなわち、猿類(Apes)から猿人類(Australopithecus)に進化したのはアフリカにおいてであり、猿人類(Australopithecus)が人類(Mankind)に進化したのはシュメール、つまり、メソポタミア、つまり、現在のイラクだ。
イラクは、嘗て、バビロニアと呼ばれ、有名なバベルの塔は現存しないが、古代文明のロマンを感じさせる。
“バベル”とはヘブライ語で「困惑する」という意味であり、バベル(バビロン)という国というのは、人類の言葉が最初に混同した処であるという意味だ。
旧約聖書の「創世記」は云う、アダムがすべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけて以来、“もともと全地は同じ発音、同じ言葉であった”
ところがバベル(バビロン)で起きた大混乱の末、人類は地の上に散らばり、それぞれの民族が独自の言葉をもって自分の土地に定着した。今日、この離散した民族は優に5000以上の言葉を話すに至ったのである。
アフリカ系黒人、黄色モンゴロイド、アーリア系白人の3種が人類のルーツであり、これらはすべてバベル(バビロン)、つまり、シュメールから世界に散っていった、まさに、旧約聖書の世界の話だ。
アフリカ大陸にいた人類(Mankind)がなぜアフリカ系黒人、黄色モンゴロイド、アーリア系白人に分化されてシュメールに行ったのか、その謎を知るには、人類(Mankind)発祥の地アフリカを肌で感じなければならないと思ったからである。
卒業論文の発表も無事終了した一哉は、そのまま、実家にも帰らず、羽田空港から一路エジプトの首都カイロに飛び立った。