(その二十八)

ロンドンのヒースロー空港から、一哉はアメリカのシカゴ行きの便に乗った。
シカゴからロンドンの飛行機の旅は8時間で行けるが、ロンドンからシカゴへの旅は12時間も掛かる。
偏西風が西から東へ吹いているからだ。
そうすると、グリーンランド上空を飛行する時間も多いだけに、普段では世界にはユーラシア大陸、アフリカ大陸、南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸、そして、南極大陸しか意識がないのに、もう一つ、グリーンランド大陸があったことに気づかされる。
それほどにグリーンランドは広大だ。
地球の自転軸がいわゆる極であり、北極と南極があるが、南極大陸は在るのに、北極大陸はないと言われてきた。
だが、北極大陸も存在していた。
まさに、
グリーンランドが北極大陸だったのである。
つまり、
グリーンランドと南極大陸を結んだ線が地軸ということになり、地軸が23.5度傾いているというのは厳密には間違っていて、地軸そのものが一直線ではないことを示しているのである。
まさに、
軸の曲がった独楽(コマ)が回転しているのが地球の正体のようだ。
我々地球の住人は、地球がどんな風に自転・公転しているのか、未だに、観測したことがない。
いくら宇宙の旅を続けても、地球という独楽(コマ)が回転しているのを観測できない限り、宇宙の旅は無意味だ。
地球からいくら離れても、地球という独楽(コマ)が回転しているのを観測することは不可能だ。
逆転の発想が必要なのである。
それならいっそ地球の内側に深く入っていくことだ。
ここで人類の歴史に大きなボタンの掛け違いが生じた。
アダムとイブがエデンの園から追放された話はその象徴に他ならない。
人類の歴史とは悪意の歴史なのか?
将又、
人類の歴史とは勘違いの歴史なのか?
その鍵を握っているのが、人類という動物の一種が人間という新しい生きものに変身した時に誕生した支配・被支配二層構造の社会だった。
そして、
人間社会が支配者たちの私有物になった1万2000年前から、宗教と科学という詐欺行為が発明された。
狙いは、一握りの支配者たちが未来永劫支配者たるため、圧倒的多数の被支配者たちが檻の中でおとなしく奴隷として働き続けさせるためであった。
見事に奏功して、70億となった人間の数だが、69億9300万人の奴隷は自らおとなしく檻の中で働き続け、檻の外から700万人の支配者たちが、グルメ料理に舌鼓を打ちながら酒池肉林の世界を味わっているのである。
支配者側の立場であろうが、被支配者の立場であろうが、この状態に何の疑問も湧かないようだが、支配者側の立場と被支配者の立場を超えた処から客観的に観察すると何と阿呆らしいほど矛盾しているかが判明する。
人類はその文明社会が勃興してからの1万2000年間、この阿呆らしいほどの矛盾にまったく気づかずに生きてきたのだろうか?
生まれた時から王と決められているのか?
だから、
生まれた時から不可触民と決められているのか?
ところが、
自然の法則はやはり公正だ。
不可触民の中から美形が多く生まれ、王家の中から醜形が多く生まれるようにしたのが、フェアーな自然の法則だ。
日本の王家のほとんどが醜形であり、不可触民の中から美形が多く生まれているのは滑稽だ。
自我意識の頭が未だ擡げない子供なら、天皇家の人間とホームレスの人間と一体何処が違うのか不思議で仕方ないのに、自我意識の頭が擡げはじめた中途半端な大人になると、天皇家の人間とホームレスの人間とは月とスッポン以上の差があると思い込む。
一体、子供と大人とどっちが正常なのか?
一哉はつくづく人間社会は何もかもが逆さま社会だと思った。
自分が正しいと思うことは実は間違っているのだ。
自分が間違っていると思うことは実は正しいのだ。
それなら、
自分を肯定することは自分を否定していることなのだ。
自分を否定することは自分を肯定していることなのだ。
それなら、
自分の欲する人生は自分の欲しない人生なのだ。
自分の欲しない人生は自分の欲する人生なのだ。
人間が精神分裂症に陥るのは当たり前だ。
一握りの支配者たちでなりたつ森はしょせん、本音と建前を使い分ける精神分裂症の世界なのである。