(その十八)

一哉がテヘランの下町バザールジュメールにあるモセニの家で3ヶ月間滞在していた間に、世界を震撼させる大事件が起きた。
イラン革命である。
1789年にフランス革命が起こるまで「革命」という言葉は世に存在せず、「暴動」や「一揆」という言葉で代用されていた。
まさに、主客転倒した際に誕生したのが「革命」という言葉であり、それまで主人だった支配者側にとってはしょせん、「暴動」や「一揆」に過ぎなかった。
暴動と革命とは本質では同じだが、支配者側からしたら「暴動」であり、被支配者側からしたら「革命」になるだけだ。
テロと戦争とは本質では同じだが、支配者側からしたら「テロ」であり、被支配者側からしたら「戦争」になるだけだ。
嘗てのヨーロッパでイスラム世界が支配者であった時代は、キリスト世界が「聖戦」と叫んでいたが、キリスト世界が支配する現代では、イスラム世界が「聖戦」と叫びテロを駆使しているだけで、戦争の一形態に変わりはないのに、支配者側であるキリスト教世界では「テロ」だと非難するのは馬鹿げていることを、一般世界は理解しなければならない。
2001年9月11日のニューヨークで起きた世界貿易センタービル爆破事件を、アメリカのブッシュ政権は卑劣なテロとして世界に訴えた一方で、2003年3月20日、イラク戦争を一方的にはじめた。
テロ事件は犯罪と言い、イラク戦争が合法的なものと言うアメリカ。
こんな身勝手な論理はない。
東京大空襲や広島・長崎原爆投下をしたアメリカが、東京裁判で戦争犯罪者を絞首刑にした。
だからと言って日本が悲劇の主人公と言うわけにはいかない。
日本の軍隊もアジアで思い切り不条理なことをしてきた。
こんな不条理が罷り通るのが人間社会だ。
フランス革命を皮きりに、ロシア革命、ドイツ革命、トルコ革命、エチオピア革命、エジプト革命、リビア革命、大イラク革命・・・と第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に、そして、第二次世界大戦後の世界に革命の嵐が襲った。
それから30年が過ぎた。
1979年4月3日イラン革命成立。
1989年11月9日ベルリンの壁崩壊。
世界が大きく変わった10年だった。
日本では1970年代が節目の10年だったが、世界では1980年代が節目の10年であり、その集大成が1990年代、すなわち、二十世紀末の最後の10年(Decade)である。
「失われた10年」と日本では言われる所以だ。
そして、世界では2010年代が世界的規模の「失われた10年」になるだろう。
アメリカがイギリスに取って代わって世界のリーダーになったのは第一次世界大戦(1914年〜1918年)と第二次世界大戦(1939年〜1945年)の狭間であり、パクス・アメリカーナとして頂点に達したのが1950年代から1960年代で、以降、下り坂に入り、経済面においてだけだが、日本がアメリカに取って代わって世界のリーダーになった時期が僅かにあった。
それが1970年代から1980年代の20年間であり、その締めくくりとしてバブル経済の発生と破綻が待っていた。
一哉がイラン革命の前触れを予感する出来事に遭遇していた時と符合するように、世界が大きく変わる予兆がアメリカで起こっていた。
封建制度に嫌気をさしはじめていた西洋社会が近代化に目覚め、ルネッサンス、宗教改革を経て産業革命に辿り着いた結果、20世紀に突入する前後でモータライゼーションが起こり、その後にコンピュータライゼーションが控えていた。
IT革命、いわゆる、高度情報化社会の到来に欠くことの出来なかったのが高速度コンピュータ、すなわち、スーパーコンピュータの発明だった。
スーパーコンピュータの当初の必要性は政治および軍事目的にあった。
冷戦時代のアメリカとソ連が核開発競争に明け暮れた結果、一瞬にして地球を吹き飛ばすだけの核をお互い保有し、一触即発の緊張状態下、巨大なレーダーで察知した敵方ミサイルの弾道計算を素早くできると同時に迎撃ミサイルを打ち上げるための弾道計算をも素早くできるスーパーコンピュータが必要だった。
ところがこのスーパーコンピュータをとんでもない用途に使う連中がいた。
マネーゲームソフトを開発していた守銭奴たちだった。
金融派生商品、いわゆるデリバティブの誕生であり、デリバティブ(金融派生商品)を利用して、モノの交換手段に過ぎなかった従来のお金を商品に変えて、天文学的数字の利益を貪るヘッジファンドの登場により、実体経済から仮想経済に変貌してしまった結果の産物がマネーゲームのバブル経済であり、マネーゲームとしてのバブル経済が1980年代にはじめて日本で起こったのである。
冷戦は1945年7月のドイツのベルリン郊外ポツダムから始まり、1989年11月のベルリンで終った。
ドイツの哲学者カール・ヤスパースの提唱した「軸の時代」とは、地球という星自体が生命体であり意識もあることを暗示している。
1989年11月9日にベルリンの壁は崩壊し、冷戦は一気に終焉へと向かったが、人類史上はじめてのマネー資本主義を日本で顕現化したバブル経済も呼応するように終焉に向かった。
まさに、二十世紀末のシナリオのプロローグがはじまったのである。
二十世紀最後の10年(Dacade)は言うまでもなく1990年代の10年であり、日本では「失われた10年」と呼ばれているように、二十世紀末のシナリオのプロローグが「失われた10年」と呼ばれたと同時に、二十一世紀初期のシナリオのエピローグが世界の「失われた10年」となった。
その引き金はアメリカのデフォルト宣言だ。
デフォルトとは国家の破産を意味する。
まさに、パクス・アメリカーナの終焉劇がアメリカのデフォルト宣言だ。
アメリカという国が世界の頂点に立った時、ジェネラル・モータースも世界の頂点に立った。
ジェネラル・モータースが破産した時、アメリカという国も破産したのは何という皮肉だろうか。
だがマネー資本主義が罷り通る現代社会では、破産も金儲けの一つなのである。
金持ちほど破産を繰り返し、ますます、金持ちになる。
その結果、マネー資本主義社会は超格差社会へと驀進するのである。
実体経済の時の破産者はまさに人生の破綻者でもあったから、家財道具のみならず自己の人格まで奪われ、まさに、禁治産者になり、海外渡航するためのパスポートの発券も許されず、銀行口座の開設も許されなかったが、マネー資本主義社会における破産者の実体はおよそ禁治産者ではないから、まさに、借りた者勝ちだ。
その元凶は金融機関と弁護士だ。
彼らが禁治産者の概念を完全に摩り替えてしまい、破産ビジネスをビッグビジネスに仕立て上げたのである。
嘗て、脱税ビジネスがビッグビジネスであることを証明した連中がいた。
アメリカ最大のロックフェラー財閥がそうである。
国際連盟、そして、国際連合を実質創設したのがロックフェラー財閥であることは、現在の国連本部ビルがロックフェラー財閥からの寄付であることが証明している。
国際連合の下部組織にユニセフ(UNICEF= United Nations Children's Fund)があるが、彼らの脱税機関だ。
1946年に設立され、戦災国の児童の救済・福祉・健康改善し、食品・衣服・薬品を児童・妊産婦に供給するのが公式目的で、1953年にはノーベル平和賞を受賞している。
1946年以降、アメリカ随一のロックフェラー財閥は今日に至るまで、1セント足りとも納税したことがないのである。
ロックフェラー財閥の中興の祖であるデビッド・ロックフェラーはいみじくも語るに落ちた。
“一番の金もうけは脱税だ!”
ロックフェラー財閥の猿真似をしたわけではないだろうが、現代社会での一番の金もうけが破産ビジネスになっているのも、一重にマネー資本主義の為せる業だ。
資本主義時代→共産主義時代がカール・マルクスの唯物史観であった筈なのに、資本主義時代→マネー資本主義になった結果、人類の歴史観は進化論的視点では済まなくなり、原始共産制→古代奴隷制→中世封建制→資本主義→超格差社会へ退化していったのである。
その原因は冷戦の結果の判断ミスにある。
冷戦はベルリンの壁崩壊を引き金にして資本主義社会(西側社会)の勝利で終結したと思っていたがそうではなかった。
そもそもイデオロギーの対決は、一見、二律背反関係にあると錯覚することから生じる軋轢、相克であって、補完関係にあるのが実体であることから、どちらかが勝利することもあり得ないし、どちらかが敗北することもあり得ないことは、極論すれば、宇宙の法則なのである。
宇宙の法則では、単に、対消滅現象と言われている。
まさに、人間社会だけにある「死」という概念も、宇宙の法則では相転移現象と呼ばれているのと同じである。
アメリカがソ連に勝利したのではない。
ソ連がアメリカに敗北したのでもない。
戦争する両者が敗北者なのだ。
その宇宙普遍の真理を体現するような事件が、21世紀に入ってから続出した。
まさに、支配者の論理に基づいて為されるのが、差別や不条理で、その結末に戦争がある。
戦争が人口の調整弁であると言われたのは、しょせん、20世紀までの話で、21世紀に入って、人口の爆増の勾配が緩やかになりはじめたのは、人口問題は人為的問題ではなく、自然的問題、延いては、宇宙論的問題であることを露呈しはじめたのだ。
畢竟、支配者の論理が通用しなくなるのが21世紀なのだ。