(その十六)

「あなたにはオーラが出ているわ!」
「一緒に写真を撮りませんか?」
この一枚の写真が、20年後の世界を震撼させることになるなど、その時の二人には想像すべくもなかった。
一哉は高校生の頃、洋画に嵌って一年で500本以上の外国映画を見ていた。
当時はアメリカ映画のみならず、フランス映画、イタリア映画が絶頂期の頃で、それまでアメリカ映画界のNo.1スターだったイングリッド・バーグマンがハリウッドを離れイタリア映画界に没入し、アメリカ映画界ではエリザベス・テーラーがNo.1スターに取って変わった時代だった。
「クレオパトラ」で史上初の100万ドルの出演料を獲得したのも彼女だった。
だが、一哉の好きな女優は他にいた。
アメリカ映画界ではキム・ノバクであり、フランス映画界ではブリジッド・バルドーであり、イタリア映画界ではジナ・ロロブリジーダであって、エリザベス・テーラーにはまったく関心が湧かなかった。
彼女の余りの美貌が却って冷たさを助長させたからだ。
エリザベス・テーラーに冷たさを感じ、キム・ノバクやブリジッド・バルドー、ジナ・ロロブリジーダには人間らしさを感じていたからだが、今ここで一哉が感じたエリザベス・テーラーには熱いものさえ感じていた。
人間それぞれは同じであり違う。
同じである感覚は全体感でないと不可能だ。
違う感覚は部分観だからこそ可能だ。
全体感と部分観を両立させて生きているのが人間なのである。
他の生きものは全体感だけで生きている。
だから、他者の死を知ることは出来ても、自己の死を推論することが出来ないのである。
一哉の胸襟が開いた瞬間だった。
「オーラが出ているなら、僕にも何がしかの役目を持っているということですか?」
自然に謙虚になれた。
相手が世界的大スターだったからではない。
一人の人間として対峙できたからだ。
世界的大スターだからと言って、彼女は決して無知ではなかった。
「オーラというのは、人間の内面に光が充満している証なのよ」
「背骨に沿って、性エネルギーが生命エネルギーに戻って、頭上まで昇り詰めた結果溢れ出たのがオーラだから、あなたのような若い人にオーラが出ているのは極めて珍しい現象だわ!」
彼女は感動していたのである。
彼女は自分の話をしはじめた。
「私は英国生まれだと世間では云われるけど、純粋アングロサクソンの血ではなく、母親はシリア人の血を引いていて、彼女の父親は古代ペルシャ人の血を引いているという話を聞いて、ペルセポリスにやって来たの・・・」
それから一年後、一哉はシリアの首都ダマスカスに行くのだが、彼女の言葉を実感することになる。
首都ダマスカスの市街地にあるバンドームホテルにチェックインした一哉は空腹の余り、ロビーからレストランに直行したのだが、食事をしている女性という女性がみんなエリザベス・テーラーのような容貌なのである。
彼女の話をそのとき理解することのできなかった一哉だが、彼の野生はそれをカバーした。
「大海に住む成長した大人の鮭が生まれたルーツの川の上流を目差すような気分ですか?」
彼女の目がランランとそのとき輝いた。
『なんと美しい瞳なんだろう!』
彼女の年齢はすでに50歳を超えていたし、その絶世の美貌にも翳りが見えていたが、バイオレット色という世にも稀な瞳の色だけは爛々と輝いていた。
あれからどれぐらいの時間が経っていたのだろうか?
二人はシャーアッバスホテルの一室のベッドにいる。
ペルセポリスの出来事がまるで夢のような錯覚に陥る。
それとも、一つのベッドに絶世の美女と一緒に横たわっている自分自身が夢なのだろうか?
人間が蝶々になった夢を見ているのか?
蝶々が人間になった夢を見ているのか?
人間が逆さま生きものなら、間違いなく後者の方が真実だ。
壮子は自分が蝶々になった夢を見たのか、蝶々が壮子になった夢を見たのか真剣に悩んだが、一哉は果たして壮子並みの悟性を持っているだろうか?
知性は時系列的正比例をするが、悟性はそうとは限らない。
つまり、悟性は時空の世界の話ではない。
だから、50歳を超えた女性と20歳を超えたばかりの男性でも、悟性においては無関係だ。
ここでもデジャブ現象の現像フィルムをつくるカメラがシャッタ−を押し続けていた。
「燃ゆる秋」という日本映画があった。
舞台は現代のイランであり、特に、古都イスファハンでの日本人男女の恋物語だ。
初老の男性と二十代の女性の痴情の愛が日本の古都京都で展開される一方で、同じ二十代の男女の純愛がペルシャの古都イスファハンで展開される話で、共に燃える秋の古都が背景にある。
その頃、彼女はリチャード・バートンとの愛の破局に直面していた。
ロンドンでの愛物語から逃避してペルセポリスにやってきて一哉と出逢った。
そして共通のキーワードが7月17日が本宮の祇園祭であり、7の月の17の日にトルコのアララト山の麓に漂着したノアの方舟の話だ。
7月17日が本宮である祇園祭の原点はトルコでありイランであった。
山鉾巡行する各鉾に飾られている絵はすべてトルコとイランの原風景なのだ。
イランとトルコはまさに兄弟国であり、特に、イランにはトルコ系アルメニア人が多く住んでいる。
イランの国教はイスラム教シーア派だが、元々はゾロアスター教(拝火教)であり、それ以外にキリスト教もあり、トルコ系アルメニア人はキリスト教徒だ。
一方、トルコの国教もイスラム教シーア派であるという矛盾がある。
イランイラク戦争で犠牲に遭ったイラクに住むクルド人もトルコ系イスラム教徒であるのに対して、トルコ系アルメニア人はイランに多く住んでいる。
イランイラク戦争が勃発することによって、イラク領内で住んでいたクルド人が虐待された。
この頃、一哉はカスピ海に面した町アモールにいた。
アモールにはアルメニア人が多く住んでいて、その中に混じってクルド人もひっそり暮らしていた。
クルド人の中に一人の女性がいた。
クルド人とは似ても似つかぬ美貌の女性で、彼女の名前もエリザベスだった。
まさに、デジャブ現象が一哉の脳裏で起こっていた。
まさに、羽田空港で美空ひばりと出逢ったのもデジャブ現象であったのか?
三つのデジャブ現象が一堂に会する機会が20年後にやって来た。
まさに、正夢だったのか、負夢だったのか、その証は20年後を待つしかない。