第五十六章  2000年の時空

身の危険を感じたモハマッドは、父親のオサマ・ハッサンの住む実家に戻らずに、爆破事件のあったドッキ・シェラトンホテルに泊まることにした。
一方、姉のライラから連絡を受けた両親がカイロ空港にハンナを出迎えに来ていた。
「以前、ギザ通りのビデオ・クラブで会いましたね?」
ハンナの父親は恰幅のいい白髪まじりの品のある紳士だった憶えがあるが、顔まではっきりとは憶えていなかった。
「そうですね。たしかサダト大統領とご一緒だったようでしたね・・・」
明らかに様子を窺っている。
「わたしはここで失礼します」
モハマッドはそう言って、ハンナの方に目もくれずに到着ロビーを速足で駆け抜けていった。
モハマッドの背中を見つめていたハンナを凝視する父親の目は完全に嫉妬のそれであった。
「フンドク・シェラトンに行ってくれ!」
モハマッドはタクシーの運転手に言って、背中に殺気を感じながらうしろのシートに座った。
飛行機の中で仮眠を取らなかったので、タクシーの柔らかいシートも手伝って急に眠気が襲ってきた。
そして夢の中へと入って行った。
パリサイ人律法学者たちは言った。
「この人は悪霊どものかしらであるベルセブルの力で悪霊どもを追い出しているだけである」
彼らに対して、イエスは真正面から闘った。
「どんな国でも、内輪揉めして争えば荒れすたる。どんな町でも家でも、内輪揉めしておれば立ち行くことはできない」
イエスは妥協することはなかった。
「忌まわしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、人々から天の御国を遮っている。自分も入らず、入ろうとする人々をも入らせようとしない」
妥協のないイエスに対する反発のみが、パリサイ人律法学者に湧いてきた。
「忌まわしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。改宗者をひとりつくるのに海と陸とを飛び回り、改宗者ができると、その人を自分よりも倍も悪い地獄(ゲヘナ)の子にする」
更にイエスは言う。
「忌まわしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは杯や皿の外側は清めるが、その中は強奪と放縦でいっぱいである。目の見えぬパリサイ人たち。先ず杯の内側を清めよ。そうすれば、外側も清くなる。忌まわしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは白く塗った墓のようなものだ。墓はその外側は美しく見えても、内側は死人の骨やあらゆる汚れたものがいっぱいなように、あなたがたも、外側は正しいと見えても、内側は偽善と不法でいっぱいである」
イエスは偽善の律法学者であるパリサイ人たちに対して、闘い続け、真実を貫き続けた。
ローマの総督ピラトは律法学者や群集に訊ねた。
「ローマ皇帝カエザルのご慈悲だ。年に一回ある過ぎ越しの祭りに恩赦をお与えになった。お前たちは、このふたりのどちらに恩赦の恵みを与えるか?」
ピラトはイエスと、暴動と殺人のかどで投獄されていたバラバを指さして言った。
群集は一斉に、「その男を殺せ。バラバを釈放しろ!」と叫んだ。
ピラトはイエスを釈放しようと思って、改めて群集に呼びかけた。
しかし人々は、「十字架につけろ!十字架につけろ!」と叫び続けた。
ピラトは三度目に言った。
「いったい、どんな悪事を働いたというのか。この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからなかった。だから鞭で懲らしめて釈放しよう!」
しかし偽善の律法学者パリサイ人に洗脳された群集は、「この男を、十字架につけろ!」と叫び続けるだけだった。
そこでピラトは、群集の目の前で水を取り寄せ、手を洗って彼らに言い渡した。
「この人の血について、わたしには責任がない。自分たちで始末するがよい」
すると群集はみな答えて言った。
「その人の血は、わたしたちや子供たちの上にかかってもよい」
群集の中に潜んでいた一人の男が、独り言を呟いた。
『自分たちの子供を、何百年、何千年の時間を掛けて、奴らの中に潜り込ませよう。最後はわれわれが勝利を得るのだ』
その男の名前はガマリエルと言った。
横にいた群集が、その男の手を上げて一斉に叫んだ。
「ガマリエル万歳!ガマリエル万歳!」
「お客さん、お客さん。フンドク・シェラトンに着きましたぜ」
タクシーの運転手の声で、モハマッドは夢から醒めた。
『何だ!夢だったのか!それにしても変な夢だった』
チップをもらった運転手が、車から降りかけたモハマッドに話しかけた。
「ゲオルグ万歳!と何度も叫んでいなすったよ」