第五十二章  グル

叔父のカスティーヨが、このウィーンに来ているとハンナから聞いたモハマッドは、すぐにマンスールのことを思い出した。
マンスールと叔父のカスティーヨは面識がない。
カイロのドッキ・シェラトンホテルの爆破事件の時、叔父のカスティーヨがモハマッドの前に現れたのだが、カスティーヨの顔を見た途端、バスラで別れたマンスールのことを思い出した。
その時と同じ気分になっているモハマッドは鋭い勘を働かせていた。
トイレから出て来るカスティーヨを無視して、モハマッドは真向かいにある婦人用トイレの中に入っていった。
カスティーヨはまだモハマッドのことに気がついていなかった。
『輪舞の達人のマンスールのことだ。女装することぐらい、お手のものだ。バスラでもワルシャワでも、あいつは女装をしていた』
モハマッドといる時でも、マンスールはどこかに消えてしまうことがよくある。
バスラでテロリストの訓練をしている時もそうだったし、ワルシャワの民族博物館で出会った時も、ホテル・メリディアンで突然消えた。
そして、その直後、必ずといっていいほど、怪しい女がモハマッドに近づいて来る気配がした。
婦人用トイレに入っていったら、3人の女性が鏡の前で化粧をしていた。
「キャー」
3人の女性が一斉に叫んだ。
『この中にマンスールが必ずいる・・・』
心の中で呟きながら、3人の女性の顔を凝視していった。
「アル・ヒラジ!いよいよお前と決着の時が近づいてきたようだ。しかし俺とお前の決着の場はやはり、砂漠の嵐の中が一番いい。お前もそう思っているだろう。バスラの燃えるような熱射のハムシーンの中で、そのチャンスがあった。
しかし、あの時の俺は、まだウブだった。しかし今度はそうはいかないぜ。カッターラの砂漠で待っているからな。あばよ!」
3人の女性に向かってモハマッドは独り言のように、ぶつぶつ言った。
そうすると、3人の女性が一斉に微笑んだ。
「3人ともグルか!もういいよ!」
モハマッドは大きな鏡を背にして、婦人用トイレから出ていった。
『これでマンスールは叔父の前には出てこれないだろう・・・』
マンスールに楔を打ち込んでおいて、叔父のカスティーヨを料理しようという考えだ。
女性用トイレを出ると、カスティーヨの姿が見えない。
「モハマッド!ここよ」
ハンナが手を振って叫んでいる。
横で、ハンナにそっくりの姉のライラも手を振っている。
「どうしたの?急に走り出すんだから、びっくりするわ」
何もわからないハンナが羨しいとモハマッドは思った。
コンサートの開演10分前のブザーが鳴った。
モハマッドはハンナとライラのあとを、警戒しながらついて行った。
会場の中に入ると、さすが音楽の都のオペラハウスだ。
ゴチック建築の粋を極めて建築した傑作だ。
2000人は収容できる大劇場で、これから開演というのに整然としている。
モハマッドが入場する聴衆を食い入るように見張っていたら、3人ほど間に置いて、カスティーヨとマンスールが入って来た。
お互い見知らぬ振りをしているが、モハマッドのような超能力の訓練を受けたものには、わかるのだ。
彼らの居場所だけを確かめておいてから、彼はハンナとライラに席をゆび指した。
モハマッドを真ん中にしてハンナとライラが両脇に座った。
ウィリアム・マテウィッツィーの独演会が始まったが、モハマッドの聴覚は舞台に向けられず、カスティーヨとマンスールの方ばかりに向いていた。