第五十一章  はめられた罠

「ハンナの姉で、ライラ・ユセフです」
あらためて挨拶をする彼女が、ハンナの姉だと聞いて仰天するモハマッドは、ハンナの方を見て両目でウィンクした。
アラブでは相手を責める時、両目でウィンクする。
「ごめんなさい!お姉さんのことを話してなくて・・・」
ハンナは誤解しているようだったが、モハマッドは何も言わずに、今度は片目でハンナにウィンクした。
安心した様子のハンナに、今度は真剣な表情で訊ねた。
「どうして、俺がウィーンにいることを知ったんだ?」
明るい表情でハンナは答えた。
「カスティーヨが教えてくれたのよ」
カスティーヨはモハマッドの叔父で、アンドロポフを紹介したのも彼だったことを思い出した。
「叔父さんは、あれからずっとカイロにいたのかい?」
何気なく訊ねるモハマッドにハンナは完全に気を許して話しだした。
「あなたがモスクワに発ってすぐに、カスティーヨはベルリンに行くと言っていなくなったの。それからつい2、3日前にカイロに戻って来て、あなたがウィーンにいることを教えてくれたの」
「俺がウィーンにいるから、お姉さんと一緒にやって来たのかい?」
合点がいかない様子で喋るモハマッドの様子に、ライラが気を遣って言葉を挟んだ。
「わたしが、ハンナを呼んだのです。わたしはウィーンの音楽大学に留学しているのです」
「あなたがウィーンにいることを、カスティーヨから聞いて、わたしがお姉さんに電話をしたら、今晩のコンサートのチケットを用意しておくから、あなたと一緒にいらっしゃいと言われて、ついその気に・・・」
ハンナが口を添えて言った。
モハマッドにとっては、そんなことはどうでもよかった。
「それで叔父さんも一緒に来たんだろう?」
そう言ってモハマッドは辺りを見まわした。
そうすると、ホールの階段の傍にあるトイレから、カスティーヨの姿が現れた。
『やはり!』
モハマッドは、今度はハンナに両目でウィンクをした。
「モハマッド、ちょっと待って!」
と叫ぶように言うハンナを無視して、モハマッドはトイレから出て来る男の方に走って行った。