第四十九章  オペラハウス

ウィーンは音楽の都と呼ばれている。
官庁街がひしめく中に、歓楽街もあり、教会もあるといった一風変わった町である。
その中で一際音楽の都を髣髴させるのがオペラハウスである。
モハマッドはオペラハウスのすぐ傍にあるホテルヨーロッパにチェックインした。
名前とは違って、このホテルは昔からアラブ人がよく泊まるホテルだった。
フロントではロシア名のゲオルグ・ハシムでチェックインする積もりだったが、フロントの女性がモハマッド・ハッサンの名前を口にしたのだ。
「モハマッド・ハッサン様ですね?予約を承っております」
モハマッドは予約などしていない。
「誰が予約したかわかりませんか?」
チェックインカードに視線をやりながら、モハマッドは受付の女性に何気なく訊いてみた。
コンピュータのモニターを覗き込みながら、彼女は答えた。
「ええと、ハンナ・ジュセフ様から予約を承りました」
『ハンナが?どうしてハンナが・・・』
疑問が湧き上がってきたが、「ハンナ・ユセフでしょう?」と微笑ながらその女性に言った。
「申し訳ありません。ハンナ・ユセフ様からメッセージが入っております」
その女性はキーボックスの棚からメモ用紙を引出し、モハマッドに慌てて手渡した。
『今ウィーンに向かっています。貴方がホテルに着く頃には、ウィーンの空港に着陸する筈です。ホテルの近くにあるオペラハウスで今晩7時にお会いしましょう。ハンナ』
ますます疑問が湧いてくるモハマッドだが、ハンナがウィーンにやって来ることは大いに歓迎すべきことだと素直に喜ぶのだった。
「今晩、オペラハウスで演奏会あるんですか?」
受付の女性に訊いてみた。
「ええ、今晩はウィリアム・マテウィッティーのリサイタルがあります」
モハマッドには、その人物が何処の誰なのかさっぱりわからない。
「そのウィリアム・・・という御人は一体何者ですか?」
「イタリアのテノール歌手です。ウィリアム・テルで一躍スターになった若手テノール歌手の希望の星です」
さすが音楽の都だけのことはある。
クラシック音楽の名前がどんどん出て来る。
しかしモハマッドにはさっぱりわからない。
「あのその何・・の今晩のチケットを欲しいんですが・・・」
躊躇っているモハマッドの前に彼女は一通の封筒を差し出した。
「何ですか、これは?」
「今晩のチケットです。ハンナさんから頼まれ、わたしが買ってきました」
何がどうなっているのか、さっぱり解せないモハマッドだが、不思議に気持ちが落ち着く心地よさに満足するのだった。
『ウィーンのオペラハウスか!』