第四十七章  アラブの兄弟

チェコスロヴァキアとオーストリアの国境にあるパスポートコントロールに着いたモハマッドは、車の中からオフィサーにパスポートを手渡した。
「ゲオルグ・ハシム大佐。あなたはロシア人ですか?」
オフィサーが高飛車な口調で質問してきた。
「いえ、わたしはエジプト人です」
明らかに戸惑っている様子のオフィサーにモハマッドは続けた。
「わたしはエジプト人ですが、ソ連のKGBによって訓練を受けたテロリストです。だからソ連国籍のパスポートを持っているんです」
単刀直入に答えるモハマッドに仰天したオフィサーは、「ちょっと待ってください!」と言って事務所の奥に飛び込んで行った。
奥から上司らしい人物が出て来て、モハマッドに丁寧な口調で言った。
「申し訳ありませんが、車から下りて事務所までご足労願えませんでしょうか。ゲオルグ大佐」
モハマッドは車を事務所の壁際に駐車させて、事務所の前で待っている、先ほどのオフィサーの開けたドアーを通って事務所の奥に入って行った。
「あなたが、モハマッド・ハッサンさんですか?」
オフィサーの上司のところには既に情報が入っているらしく、彼の本名を知っていた。
「そうです」
モハマッドは無駄口を叩かずに簡単に返事した。
「お隣の国から既に連絡が入っていまして、あなたはベルリンに行かれる予定なのではないでしょうか・・・」
モハマッドは答えた。
「変更して、ウィーン経由でカイロに至急帰国することにしました」
「それでは、あなたのミッションは達成されないことになるが、それでもいいのかとベルリンの方々は疑問に思われるのでは・・・」
「スイスと同じ永世中立国である国の方がおっしゃる言葉とは思えないですね・・・」
モハマッドは続けた。
「あなたの国とお隣りの国は、世間では兄弟で、あなたの国は弟分だと思われていますが、それが昔から気に入らなくて、永世中立国になられたのでしょう。それをいまだに兄貴のためにスパイのようなことを為されているとは・・・」
モハマッドの挑発的な発言にも動揺せずに、その上司は黙っていた。
「我々アラブの国が、オスマントルコ帝国にジュウリンされていた頃、お隣の国が、我々アラブの国のためにオスマントルコと戦ってくれたと歴史は言っていますが、実は戦ったのはあなたたちの国・オーストリアであったのでしょう」
上司のオフィサーの態度が急に変わっていった。
「ハプスブルグ家は13世紀にイスパニアで興った家で、その後ウィーンにやって来て大王国をつくった。イスパニアとアラブは深い関係にあったから、同家にとってアラブの国こそ兄弟分だったと言えるでしょう」
自分の知らない話までしてくれるモハマッドに感激した二人のオフィサーは、何も言わずにパスポートを返してくれた。
「道中、お気をつけて無事カイロまで帰れるよう心から祈っております」
二人はモハマッドに最敬礼をして送り出した。