第四十六章  ヨーロッパの中心・ウィーン

翌朝早く、モハマッドはマンスールとグスタフに書き置きを残して、クラクフの町を出て、マンスールの車を借りて、ウィーンに向かう為にチェコスロヴァキアの国境に向かった。
ウィーンとプラハのちょうど中間点にブルーノという古い町がある。
チェコスロヴァキアとの国境を超えて、ブルーノに向かう道は、奇麗なポプラ並木が延々と続いていた。
『カイロからアレキサンドリアに向かう道路も、こんなポプラ並木がずっと続いていたなあ!』
カイロのことを思い出すと、ハンナの顔が浮かんでくる。
チェコスロヴァキアに入ってから2時間ほど運転したら、「ブルーノまで30km、ウィーンまで335km」という標識が出てきた。
『ウィーンに着いたら、カイロのハンナとカスティーヨ叔父さんに電話をしてみよう』
そう思うと、モハマッドの心は軽くなるのだった。
しかし、「ブルーノまで30km」の標識を見た時に、ミラーに怪しげな車が横道から進入してきた。
『まだ昨夜の残党が生きていたのか!チッ!』
呟いたモハマッドは、ブルーノの町に下りることにした。
30分ほどでブルーノの市街地に出る標識が出てきた。
すると突然、対向車線の車からライトをフラッシュしてくるのを察知した彼は、ニヤリと笑い、車のアクセルを思い切り踏んだ。
尾行してくる怪しい車もスピードを上げた。
だらだらの長い登り車線を、モハマッドの車は追い抜き車線を思い切り速度をあげて登って行った。
尾行する車も、ピッタリとモハマッドの車に逃げられないよう必死になって追いかけてきた。
登坂車線を登り切ったところで、モハマッドは車を急旋回させた。
尾行してきた車は、勢いを止められず、そのまま道路を下って行った。
そこには、パトカーがスピードガンを抱えて尾行の車を待ち受けていて、停車するようスピーカーで叫んでいた。
『馬鹿が!フン!』
モハマッドは微笑ながら呟いた。
ハンドルをまわして、元の道路に戻ったモハマッドはゆっくりと下りていくと、パトカーに捕まった車の運転手が警官の横に立って、うらめしそうにモハマッドを睨んでいた。
『やっぱり、連中はエジプト人だ!昨日の夜の連中は暗くて顔が見えなかったが、独特の匂いがした。あの匂いはエジプト人がよくつける香水の匂いだった』
パトカーの横をゆっくりと通り過ぎる時、窓を開けて大きな声で語りかけた。
「サラマレコム!」
警官に尋問されていた男が咄嗟に返事をした。
「アレコムサラーム!」
それを聞いたモハマッドは手を振って、ニヤリと笑った。
肩をすぼめた男も苦笑した。
ブルーノで片をつけるつもりだったのに、思わぬ味方が登場して時間を節約できたモハマッドは一路、ウィーンに向かうのだった。
『ウィーンに行けば、知り合いもいるし、オーストリア人はみんなロシア人が大嫌いだ。黒幕を相手に作戦も立てられる』
オーストリア人は自国に誇りを持つプライドの高い国民である。
特に、シオニズムを徹底的に嫌う。
またドイツと同じ扱いをされることを極度に嫌う。
ドイツ人よりも、自分たちオーストリア人の方が優秀だと信じている。
ヒットラーは実はドイツ人ではなくオーストリア人である。
ヒットラーが反シオニズムであるのは、オーストリア人すべてが持っている感情であるのだ。
ドイツ、オーストリア、ハンガリーは嘗て三国同盟を結んでいた。
それがきっかけで第一次世界大戦が勃発した。
オーストリア皇太子がユーゴスラビアのサラエボで暗殺されたのが、第一次世界大戦のきっかけだった。
オーストリアには、13世紀にスペインで起こったハプスブルグ家というヨーロッパ随一の名門が君臨していた。
イギリスのビクトリア王朝も、フランスのブルボン王朝も、またオランダ、ベルギーの王家もみんなハプスブルグ家の系列なのである。
ウィーンはまさにヨーロッパの中心で、ウィーンからドイツのベルリン、フランスのパリ、チェコスロヴァキアのプラハ、ハンガリーのブダベストが放射線上に延びたところに位置している。
『ウィーンで暫く気分転換をしてから、カイロに帰ろう』
モハマッドのハンドルは軽快にウィーンに向かうのだった。