第四十四章  暗闇の広場

クラクフ市内に入って行くと、路面電車が忙しく走っている。
さすがに古都だけに、街並みは落ち着いている。
『ワルシャワより落ち着いた町だな!』
モハマッドが車窓から町を眺めながら独り言を言った。
「でがすの旦那、道案内を頼むよ!」
運転するマンスールがグスタフに向かって言った。
「ようでがす!路面電車の行く方向について行ってくでえなしな!」
「くでえなしな?」
マンスールが思わず叫んだ。
「そうでがすよ、くでえなしなでがすよ」
ふてぶてしい表情のグスタフが小さな声で言った。
「へい承知しやしたでがす、旦那!」
マンスールの返事に気をよくしたグスタフは、元気のある声で続けた。
「路面電車は、中央市場広場のある公園まで行くでがす。路面電車の最終駅であるライネック・グローニー駅の前の信号を右折して公園の中に入ってくでえなしな!」
調子に乗ってきたグスタフはもう、「でがす」「なしな」のオン・パレードだ。
ライネック・グローニー駅のある交差点を右折すると、車は公園の中を入って行った。
1分もしないうちに、大きな広場が面前に現れた。
「ここがライネック・グローニーでがす」
胸を張って言うグスタフに、モハマッドが言った。
「グスタフ、ご苦労さん、」
モハマッドだけは真剣な表情だった。
それを察したマンスールが彼に小さく囁きかけた。
「何か感じますか?」
「うん、この広場全体に殺気がみなぎっているなあ。お前も感じないか?」
辺りを見回しながら、マンスールも頷いた。
「旦那、真ん中に大きな建物があるでしょう?あれがスキエンニスでがす。繊維会館と言って、いろいろな衣服が商いされているバザールでがす」
広場のど真ん中に、巨大なビルが立っている。
スキエンニスと言うバザールだ。
アラブの国では、市場のことをスークと呼ぶが、スキエンニスの「スキ」はスークの訛ったものだ。
グスタフはスーダン出身のアラブ人だから、アラブ語をよく知っている。
「旦那、このスキエンニスはカイロのスークにそっくりでがしょう?」
モハマッドは頷いた。
『カイロのカスール・ニールにある古いスークも大きな建物が立っていて、中がアーケードになっている。確かによく似ている・・・・」
そう思ったら、モハマッドは急にハンナのことを思い出した。
『ハンナに会いたい!』
心の中で呟いたモハマッドの心情を読み取ったマンスールの表情が曇った。
「里心を出したんでがすか?」
グスタフの口調を真似て言うマンスールに、「馬鹿な!」とモハマッドは呟いた。
スキエンニスのアーケードのちょうど真ん中辺りで二階に上がる階段がある。
グスタフは二人を案内して階段を上がって行った。
一階はアーケードになっていて人ごみでいっぱいだが、二階に上がると殆ど人気がない。
「旦那がた。ここがあっしたちのアジトでがす。ゆっくりなさってなしな」
グスタフが案内したアジトの中にちいさな窓があった。
モハマッドはその小窓から広場を眺めてみた。
辺りは既に暗くなりかけていた。
「この広場は夜になると街灯もない真暗闇だなあ・・・」
モハマッドは独り呟いた。