第四十三章  クラクフへ

市長室の前までやって来た三人だったが、「やめよう。それより早くクラクフに向かって出発しよう」と言ったモハマッドは、背中を見せてエレベーターホールに歩いて行った。
「『でがす』の町には用は無いということかなあ!?」
マンスールも独り言のように呟いてモハマッドの後をついて行った。
「ちょっと待ってくだせえなしよ、旦那!」
グスタフが二人の後を追いかけながら叫んだ。
「ラドムからクラクフまでどれぐらいで行けるかね?でがすの旦那?」
モハマッドは茶化すようにグスタフに訊いた。
「そうでがすね、ざっと2時間ってところでがすね」
運転をしているマンスールも同意するように頷いていた。
「あっしはこの辺りの住人ですがすよ、旦那。この旦那の方を信用なさるんでがすか?」
口を尖らしているグスタフの表情を見て二人は笑っていた。
クラクフは1386年から1572年まで続いたポーランド王国ヤギェウォ王朝の首都で、当時の神聖ローマ帝国の一部であったボヘミヤのプラハ、オーストリアのウィーンと並んで、中央ヨーロッパの文化の中心であった。
ナチスドイツ軍の指令基地がクラクフに置かれた為、ほぼポーランド全域を破壊したナチスドイツ軍の戦火から奇跡的に免れた町だ。
ウィーンとは深い交流があったので、音楽のメッカでもある。
「クラクフでは適当な宿があるかい?」
モハマッドがグスタフに訊いたら、横からマンスールが口を挟もうとした。
「どうぞ旦那!」
グスタフがむくれている。
「でがすの旦那が説明してくだせえなしな!」
マンスールがグスタフに向かって真剣な顔で言うと、グスタフは噴き出してしまった。
「旦那、いつの間に、あっしの『なしな』を覚えなすったんで?まあいいでがす、あっしが説明いたしやす。クラクフに着くと、ライネック・グローニーという中央市場広場に直行いたしやす。その広場のど真中にスキエンニスというバザールがあって、そこの二階にあっしの出店があるんでがす。そこが今日の宿でがす」
さすがのマンスールも両手を上げて万歳して言った。
「ヴァヴェル城よりも、すばらしいアジトですねえ?」
それを聞いたグスタフは仰天してしまった。
「旦那が手配したのは、まさかヴァヴェル城じゃねえでがすね?」
マンスールは黙って頷いた。
「あっしは、もう何も喋りませんでがす」
そう言ってグスタフは黙ってしまった。
そうこうしているうちに一行の車はクラクフ郊外まで達していた。
『ここで何も起こらなければいいんだが・・・』
独りブツブツ呟いているモハマッドの心を読んだマンスールも、ハンドルを右に切りながら、ブツブツ独り言を呟いた。
『もうクラクフの町の中に入ったが、ライネック・グローニーは一番危険な地域だ。でがすの旦那は大丈夫かね?』
マンスールの心を読み取ったモハマッドが急に笑い出した。
グスタフひとりだけが、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていた。
車はいよいよクラクフ市内に入って行くのだった。