第四十二章  カドム・ワレサ

爆破で半焼したグスタフの店に、二人はその夜泊まった。
翌朝、二人が寝ている部屋にグスタフが興奮しながら飛び込んで来て、例の訳のわからない言葉をまくしたてた。
「旦那!この町の市長の名前がわかったでがす!」
眠気が醒めていないモハマッドは、返事もしない。
その横で既に目を醒ましていたマンスールは、モハマッドと同じ気持ちだったが丁寧にグスタフに訊いた。
「ほう、それはまたよく調べたもんで。ところで市長さんの名前は何て言うんでがす?旦那!」
マンスールの口調が自分を真似ていることも気づかない程、グスタフは興奮していたのだ。
「へい、旦那。奴の名前はワレサと言うんでがす」
「ワレサ」という名前を耳にしたモハマッドは、ベッドから飛び上がってグスタフに言った。
「何だって!もう一度名前を言ってくれ!」
「へい、旦那。ワレサと言うんで」
「上の名前は何て言うんだ?」
「へい、旦那。カドム・ワレサと言うんでがす」
モハマッドはすぐに軍服に着替えて、マンスールに伝えた。
「今からすぐに市長のいる庁舎に行こう!ワレサという奴は間違いなくモスクワの操り人形だ。その化けの皮を剥がしてやるんだ」
三人は食事もせずにラドム市の庁舎に向かおうとした。
「旦那、戦いの前に腹こしらえをしなくっちゃいけねえがすよ。あっしがちゃんと用意してありますで・・・」
モハマッドとマンスールの性格は正反対だ。
「朝飯など、どうでもいい早く行こう!」
と急かすモハマッドに、マンスールは笑いながら言った。
「でがすの旦那がせっかく用意してくれた朝食を先ず頂きましょう」
『バスラの時も、このタイミングの違いが二人の間に溝をつくった。今回はマンスールの調子に合わせてやろう!』
そう思ったモハマッドも笑いながら、グスタフに答えた。
「そうだな。先ず朝飯を食おう」
「へい、承知いたしやした。モハマッドの旦那!」
「俺の名前はモハマッド・ハッサンではない。ゲオルグ大佐だ。彼もマンスール・アル・ヒラジではなく、リンネ・ニジンスキーであることを忘れるな!お前さんは、グスタフ・ムバラクではなく、でがすの旦那だ。いいな!」
「へい、承知いたしやした。モハマッドの旦那!」
でがすの旦那の案内で、二人は庁舎に向かった。
ラドムは小さな町だが、庁舎は立派な五階だての石づくりのビルだった。
正面玄関からグスタフを先頭にして三人は庁舎の中に入って行った。
口髭をはやした男が、受付の横にある案内カウンターの中で立っていた。
「ワレサ市長に面談したいんでがすが・・・」
口髭をはやしたその男は、三人を舐めまわすようにじっと睨んでから口を開いた。
「お前さんたちは?」
モハマッドはすかさずその男の脇腹にモーゼルC96を突き、「黙ってワレサ市長の処に案内しろ!」とドスの利いた声で囁いた。
「へい承知しやしたでがす!」と口髭の男が震えながら言ったのを聞いた二人は顔を見合わせて、思わず噴き出した。
口髭の男の案内で、三人は五階の市長室に着いた。
「ドアーをノックするんだ!」
モハマッドは口髭の男に怒鳴った。
「コン、コン」
返事がない。
「コン、コン」
もう一度、男はノックすると部屋の中から大きな声が聞こえてきた。
「誰でがすか?」
さすが冷静沈着なマンスールも、仰天したようでモハマッドの顔を見て言った。
「本当に、奴はモスクワの操り人形なんでしょうかね?」
さすがのモハマッドも答えようがなくて、グスタフの顔を見た。
グスタフは要領を得ない表情で笑って言った。
「何でがすか?」