第四十一章  砂漠の嵐

「やあ、ゲオルグ大佐。ここにいらっしゃったのですか。わたしはてっきりワルシャワのメリディアンに泊まられていたと思っていましたよ」
『いくら狂犬のような殺人鬼でも、この男はこんな嘘はつかない』
心の中で呟いていたゲオルグの心を読み切っていたアル・ヒラジは微笑ながら彼の方から、手を差し出した。
「お前は、メリディアンの爆破事件のことを知らないのか?」
ゲオルグが言うと、平静を装っていたアル・ヒラジの表情が曇った。
『やっぱり知らなかったようだ』
「そうですか、そんなことがあったのですか。わたしの仕業だと思っておられたのですね?」
ゲオルグは正直に肯いた。
「それじゃ、お前が俺の車を尾行していたのは何故だ?」
「尾行?」
怪訝な表情に変わったアル・ヒラジを見て、ゲオルグは察した。
『我々二人を操ろうとしている奴がいるようだ・・・』
ゲオルグの表情を察したアル・ヒラジも同じことを考えていた。
「どうやら、カイロからトリポリ。トリポリからバスラ。バスラから再びカイロ。そしてソ連領内と、わたしたちを操っている者がいるようですね。彼の狙いは、わたしとあなたを戦わせることにあるようですね」
不気味な笑いを浮かべながら喋るアル・ヒラジは、ゲオルグにとって嘗てのマンスールに戻っていた。
子供っぽい表情を見せたゲオルグも、マンスールにとっては嘗てのモハマッドに戻っていた。
「どうやら、お互いに誤解をしていたようだなあ!マンスール」
「そうですね、モハマッドさん」
マンスールも微笑んだ。
「どうなっているんでがす?」
恐る恐る店の中から出て来たグスタフがモハマッドに訊いた。
「グスタフと言うんだ。お前さんのことを狂犬野郎と呼んでいたよ。そんなに残忍なことをこの辺りでしていたのかい?」
マンスールはグスタフの方を向いてニタッと笑いながら訊いた。
「わたしのことを狂犬野郎と言っているのは、誰ですか?」
顔を背けながら、グスタフは答えた。
「誰って。みんなが言っているでがすよ」
更に、マンスールは訊いた。
「あなたは、わたしのことをどうして知っているのですか?わたしと会ったことがあるのですか?」
口を尖らしながら、グスタフも答えた。
「写真を見せてもらっただけでがす」
ゲオルグとマンスールはお互いの顔を見ながら頷いた。
「ここの町の市長さんでがすよ」
グスタフは不満気な表情で言った。
「ラドム市の市長の名前は何ていう名だ?」
ゲオルグが訊ねた。
「市長の名前なんて知るもんですか」
グスタフの返事にふたりは思わず噴き出してしまった。
「しかし、敵は見事なまでの読みですね」
「確かに、そうだな。俺がポツナン経由でゴルゾーに行くのを止めて、クラクフへ行くルートを選ぶのを読み切っていたのだからな。それにこのラドムの町でグスタフと出会うことも予想していたようだ。これだけ俺の行動を予測出来るのは、モスクワにいるニジンスキー博士しかいない。ニジンスキー博士はお前のことを甥だと言っていたが。どうなんだ?」
「それは事実です。わたしのロシア名はリンネ・ニジンスキーといいます」
ゲオルグはモスクワ大学のことを思い出していた。
『確か、ニジンスキー博士はリンネ・ニジンスキーを本名と言っていたが、マンスールはロシア名と言っている。どうやら、ふたりとも博士に催眠術をかけられたようだ』
「これからは、お互いパーフェクトな信頼関係を構築しておく必要がありそうですね」
嬉しそうな表情で言うマンスールに、モハマッドも同意した。
「さあ、これからいよいよ砂漠の嵐がやって来るシーズンだ」
モハマッドも久しぶりに気分のよい想いをした。
「そうでがすね。これからはあっしたち三人は仲間でがすね」
グスタフがスーダン人だったことを思い出したモハマッドが大きな声で言った。
「カイロへ戻ろう!」
「その前に、ベルリンに行かなければなりませんよ」
とマンスールが言った。
「わかっているが、ベルリンへはチェコスロヴァキアのブルノー経由でウィーンに入ってから作戦をたてるんだ。その為には先ずはクラクフに行かなければならない。明日クラクフに出発だ!その前にラドムの町を大掃除しよう!」
「そういたしやしょう!」
グスタフが訳のわからないポーランド語を喋った。