第三十九章  グスタフ・ムバラク

ゲオルグ大佐は、ワルシャワの町を出て、小さな村に差しかかった処に道路標識が出ていたのを見た。
右に行けばポツナンへ向かう国道E30だ。
左に行けば、ワルシャワがポーランドの首都になる前の古都クラクフへ向かう国道E77だ。
『ゴルゾーに迎えに来る、ベルリンの連中も、モスクワの操り人形だろう。それならクラクフ経由でチェコスロヴァキアのブルノーに入り、そこからウィーンに向かった方が安全だ』
そう思ったゲオルグ大佐は、ハンドルを左に切った。
ワルシャワからずっとゲオルグ大佐を尾行している車があることに、既に気づいていたからだ。
国道E77に入って1時間ほどでラドムという町に着いたゲオルグ大佐は、空腹を感じ、まわりを見渡した。
時計を見ると、もう夜の8時を過ぎていた。
一軒だけ営業しているカフェがあったので、車をそのカフェの前に停めて、舗道に並べてあるテーブルに座った彼は、ペオロギとグヤーシュ・スープを注文した。
ワルシャワからゲオルグを尾行していた車が、カフェの前を通り過ぎていった。
『マンスールは、あの車の中にいるんだろうな・・・』
そう呟いたゲオルグ大佐の前に、白いコック服を着た大柄な男が立っていた。
ペオロギとグヤーシュ・スープをテーブルの上に置いて、その男が言った。
「お客さん、あんた何処から来なさった?」
ひどい訛りのあるポーランド語を喋る。
「ワルシャワから来たんだが、それがどうかしたかね?」
不敵な笑いを浮かべて答えるゲオルグ大佐に、その男は更に訊いた。
「お客さんは、エジプトの方じゃねえですかい。そんな顔つきをしていらっしゃる」
「ほお・・。顔つきでわかるのかね?」
「へい。あっしは、スーダン人だからエジプト人のことは何でも知っているんでさ」
その男の顔をじっと見たゲオルグは、ひとりの男の顔を思い出した。
『カイロのビデオクラブで会ったサダト大統領にそっくりだ』
この男が、ゲオルグがこれから先、快刀乱麻の働きをする為の影の人間になるとは、その時はお互いに知るべくもなかった。
「今のハルツームはハシシのシーズンだね?」
警戒心の強いゲオルグは、この男を試してみた。
「ハシシのシーズンはもう終わったでがすよ。ハルツームの町はナイル川の恵みで一番美しいシーズンでがす」
そう言って、ゲオルグ大佐に握手を求めて来た。
警戒心を解いたゲオルグも強く握り返した。
ハシシとはスーダン語で砂嵐のことを言う。
エジプトではハムシーンだ。
「まあゆっくり食事をなさってくだせえ」
その男は奥のキッチンに引っ込んだ。
その直後、もの凄い音を出して、尾行していた車がゲオルグ大佐に向かって突っ込んで来た。
「旦那!こっちに!」
奥のキッチンにいた先ほどの男が叫んだ。
すかさずテーブルから離れたゲオルグ大佐は、キッチンの方にジャンプした。
「バン!バン!バン!・・・」
猛烈な爆発音と共に、店のまわりは黒い煙で覆われた。
5分ほど経った後、煙の中で一人の男が立っていた。
キッチンから外の様子を見ていたゲオルグに、白いコック服姿の男が小さく囁いた。
「あっしは、グスタフ・ムバラクと言います。今後ともよろしくお願いいたしますで・・・」
ゲオルグは微笑ながら、ウィンクをした。
煙の中で一人立っていた男を見て、グスタフは呟いた。
『またあの狂犬野郎だ!』
グスタフが狂犬野郎と言った男の顔を見たゲオルグ大佐も呟いた。
『アル・ヒラジだ!』