第二十八章  国際テロリストの誕生

KGBは、レーニンによる1917年11月革命の際のソヴィエト(代表会議会)共産党の前身であるボルシェビキ−ロシア社会民主労働党の左派で、11月革命の主役。3月革命がブルジョア革命と言われているのに対して、11月革命はプロレタリア(労働者)革命と言われ、3月革命を起こした臨時政府を農民・労働者の武装蜂起によって倒した−の同胞であったフェリックス・ジェルジンスキーによって組織されたもので、反革命・サボタージュ取締まり非常委員会(通称チェーカー)という名称であった。
11月革命から一ヶ月後の1917年12月20日のことであった。
チェーカーは、反革命分子の破壊活動を防止し、当時政府内部にも大勢いた反革命公務員のサボタージュを取締まるのが、その主な任務であった。
チェーカーの職員はチェキストと呼ばれ、市民から尊敬されていた。
ジェルジンスキー率いるKGBの職員もチェキストと呼ばれていた程、市民から人気を得ていた。
反革命分子の取締まりがその主な役目で、調査活動を主とするものであったが、
内戦と干渉戦争−イギリスを中心の多国籍軍がレーニン率いるボルシェビキを支援する目的で参戦。日本のシベリア出兵も干渉戦争の一環であった−が本格化する中で、裁判所の決定なしに逮捕、投獄、処刑を行い得るようになり、秘密警察色を帯びるようになって行ったが、それはスターリン時代の内務省議長であったベリアがKGB議長になってからのことであった。
初代KGB議長ジェルジンスキー時代は、ソ連軍の監視が最大の任務であり、彼等の監視があるから、ソ連軍による反乱は絶対不可能になっていたし、軍部が政権に影響を及ぼすことも有り得なかった。
それが、国家の安定を図る上で重要なことであったことを、市民は知っていたから、チェキストを支持したのだ。
KGBが悪名高くなったのは、ベリアの時代からで、正に秘密警察色を強めていったのである。
そして、イギリス諜報部MI5とKGBは水面下で、常に情報交換をするほどの親密な関係になって行った。
アンドロポフは、冷徹・非情な人間と思われているが、尊敬するジェルジンスキーが設立したKGBに若くして参画した程の熱血漢で、ジェルジンスキー亡き後のKGB議長を継いだベリアがMI5の支援を受けてスパイ活動をするようになったのを見かねて、フルシチョフと結託してベリアを処刑した。
しかし、ベリアの後のKGB議長ポストをフルシチョフから要請されたアンドロポフは固辞した。
ベリアといえども、騙し討ちした後味の悪さが、喉から手が出るほど欲しいポストでも固辞させたのだ。
1964年にフルシチョフが失脚した際も、アンドロポフはブレジネフと結託した。
KGB議長をと今度はブレジネフから要請を受けたが、やはり彼は固辞したのである。
結局、KGB議長のポストを獲得する為には、アンドロポフは1967年まで待たなければならなかった。
農業政策の失敗で失脚したフルシチョフの前例を学んだブレジネフだったが、彼もまたフルシチョフと同じく農業政策では素人だった。
そこでまたアンドロポフの肩に、農業政策の重石(おもし)が掛けられたのである。
二人三脚でやって来たレーニンとジェルジンスキーがこの世を去った後のソヴィエトは、スターリンという異端児が一時期独裁者になったが、実務派トップとしての若きアンドロポフの存在は大きかったのである。
しかし、天は二物を与えないものだ。
KGB議長になってから、チェコ事件が勃発し、アンドロポフは陣頭指揮してワルシャワ条約機構軍をプラハに侵攻させた。
その時期から、腎臓疾患に冒され始めていたのだ。
腎臓疾患の原因の殆どがオーバーワークである。
KGB議長になって以来、寝食も忘れて働いたのがその原因であった。
カッターラ・プロジェクトでも陣頭指揮するつもりで一人でカイロに乗り込んできたのである。
カッターラに着いた一行を待っていたのは、まともな宿泊施設もない砂漠の小さなオアシスだった。
「ユーリー、どうかしたのかい。顔色がよくないが・・・」
カスティーヨが心配してアンドロポフに話かけた。
「いや、別におかしくないよ」
淡々と答えるアンドロポフだったが、カスティーヨは彼の性格をよく知っている。
「持病の腎臓がおもわしくないんだろう?」
カスティーヨの言葉に、アンドロポフは返事をしなかった。
「ほら、やっぱり。彼は働き過ぎなんだ。それで腎臓をやられてしまったんだ。ちょっと休みなよ!」
アンドロポフは既に55才を過ぎていて、今までのオーバーワークが彼の体を蝕んでいたのだ。
「いや、そういうわけにはいかない。ここにわたしの部下がたくさんやってくるんだ。その為の準備をしなくてはならない」
呟くように小さな声で言ったアンドロポフにモハマッドとカスティーヨは敏感に反応した。
「やはり、お前さんの狙いは、農業政策ではなかったんだなあ!ここをKGB特殊部隊の訓練所にしようと思っているんだろう。俺には最初から、お前さんの真の狙いはわかっていたんだ」
冷静に話すカスティーヨの顔を見ながら、モハマッドも心の中で呟いていた。
『KGB議長が、わざわざ潅漑プロジェクトだけのために、こんな所までわざわざ来るわけがない。ここは、自分がテロリストの訓練を受けたバスラとまるで同じ環境だ!』
アンドロポフはニタッと笑って、話はじめた。
「彼には、内密にしておいてくれよ」
少し離れた所にいるマムードの方を向いて、アンドロポフは二人に言った。
「この地に我々の潅漑技術で農地を造ることは任せておいてくれ。我々はシベリアで経験をしているから。だが本当の狙いは、カスティーヨの言った通りだ。モハマッドとか言ったね。君には是非この真のプロジェクトに参画して欲しい」
モハマッドは、アレキサンドリアのモハマッド・ガラブとドッキシェラトンで出会った時から、運命の糸にどんどん引き摺られて行くような思いでいた。
そして、イラクのバスラでテロの訓練を受けた時は、完全にテロリストになる積もりでいた。
ところが今度は、カダフィーとは一線を画しているソ連側からもテロリストとして要請を受けた。
カイロ郊外の綿花工場主の息子として生まれ、カイロ大学でアラビア語を勉強していた若者が、これから恐るべき国際テロリストに変身して行くのだった。