第二十一章  不穏な動き

モハマッドは、シナイからひとり西へ向かった。
マンスールと他の40人の訓練生は、逆に北上してアンマンに向かった。
「モハマッドさんは、アンマンには行かれないのですか?」
ヨセフがマンスールに訊いた。
「本当は一緒に来てもらいたかったんですが、どうしても一度カイロに帰りたいと言われるものですから・・・」
マンスールは二十歳を過ぎたばかりのヨセフに敬語を使っていた。
「そう言い方はやめてくれませんか」
ヨセフは懇願したが、マンスールは首を横に振って言った。
「わたしは回教を信じるスーフィですが、アラーの神もヤーヴェの神も同じ神です。そしてナザレのイエスもヤーヴェの神の子なら、わたしが、あなたに膝まずくのは当然ではないでしょうか」
マンスールは静かな口調で更に続けた。
「我々スーフィには、回教もキリスト教もユダヤ教も違いはありません。立派な人を尊敬するのは当り前でしょう?わたしは、イエスは立派な人だと思っています」
ヨセフという名前は、イスラエル人にとっても、アラブ人、特にエジプト人にとっては特別なのだ。
エジプトで最もポピュラーな名前がヨセフである。
アラブ人というハム族と、ヘブライ人というセム族に分かれた後、ヤコブの子ヨセフがアラブ系ハム族の祖先となった。
マンスールはアーリア系ペルシャ人の、敬虔なシーア派回教徒だが、マンスールアルヒラジと同じスーフィだ。
スーフィは宗派を超えた存在で、キリスト教でもユダヤ教でも仏教でも受け入れる。
当然、イエスキリストは彼にとってはマホメットと同じ存在であり、そのイエスに縁のあるヨセフの血を引いていることは、雲の上の存在のように思えたのだ。
だが、このナザレのヨセフが2000年の時を超えて、復讐の為に復活して来たのだとは、マンスールもモハマッドも想像すら出来なかった。
当のヨセフ本人も完全な自覚をしていない状態だった。
しかし、マンスールが引き連れてアンマンに向かった40人の訓練生を待ちうけていたのは、恐ろしい人間の情念から起こったものだった。
一方、ポートサイドにジープで向かったモハマッドは、スエズに着いた。
スエズ運河は第三次中東戦争以来閉鎖されていた。
イギリスのレセップスが開いた地中海と紅海とを繋ぐ運河で、それまでヨーロッパからインドに向かう帆船は、アフリカ南端の喜望峰を迂回してインド洋を北上するしかなかった。
スエズ運河の開設は、地中海から一気にインド洋に出るルートであり、ヨーロッパ列強の帝国覇権植民地主義にとっては、最大の戦略基地であった。
イギリスとフランスが、スエズの権益を分け合うことで、列強の中から頭一つ飛び出したのが、第二次世界大戦前の状態であった。
しかし、アメリカとソ連の冷戦が、第二次世界大戦後、始まるとソ連は、南下作戦の最重要戦略国としてエジプトを標的にした。
ソ連の与えた餌に食らいついたのがナセルだった。
1968年の第三次中東戦争でシナイに派遣されたモハマッドは3年ぶりにスエズを見て、その様子の激変ぶりに驚いた。
『何だ、これは!この前の戦争の時は、イスラエル軍とアメリカのCIAの連中がうじょうじょしていたのに、今は一人もいない。一体どういうことなんだ!』
モハマッドは、正体の知れない連中が、今はエジプトとイスラエルの暫定国境になっている、このスエズを牛耳っているのだ。
パスポートを提出したモハマッドが見た相手は、今まで見たこともない顔付きの人種で何語をしゃべっているのかも分からない。
彼らの検閲を受けて、エジプト人であることを確認されたモハマッドは入国許可をもらった。
本来なら、頭を下げ礼を言うところだが、得体の知れない相手に対して、気の強いモハマッドは、黙ってゲートをすり抜けていった。
モハマッドの後姿を、彼らは陰湿な目で追いかけていたが、上官らしき人物が、やって来たので、急に態度が変わって、全員直立した。
その様子を見ていたモハマッドは、『ハッ』と思い出した。
『あの顔は、シナイでの戦争の時に敵軍にいた奴だ!』
怒りと恐怖が錯綜する中、必至にモハマッドの頭は回転していた。
そして素早く結論を出した。
『危険だ!早くここから去るのが一番だ!後からゆっくり思い出せばいい。とにもかくにも、ここを立ち去ることが先決だ!』
今日一日で、国境を超えた人間はモハマッドだけだと、報告を受けた、その上官が、モハマッドの方に視線をやった。
しかし、モハマッドは安全圏内に入っていた。
『思いだせない!確かにシナイの敵陣で見た顔だが・・・』
2時間程でポートサイドに着いたモハマッドは、そのままカイロにハンドルを切り換えた。
『あと3時間でカイロに戻れる』
と思ったら、急にシェラトンホテルのカジノが頭に浮かび、そしてそこでウエートレスをやっているハンナの顔を思い出した。
カイロを出てアレキサンドリアに向かってから、およそ3ヶ月が過ぎ、既に1971年に入っていた。
カイロは、アスワンハイダムができて以来、気候が急変し、12月から2月の冬期が雨季になっていた。
モハマッドがカイロに着いた、夕方の5時は、もう薄暗く、かなりの雨が降っていた。
郊外にある実家には、すぐに戻らず、彼はドッキ・シェラトンに向かった。
駐車場にジープを停めて、歩いてロビーに向かったモハマッドの全身に、嫌な予感が走った。
正面からロビーに上がろうとしたモハマッドを見つけたハンナが、30メートル離れた処から手を振っていた。
思わず、モハマッドも手を振ろうとした瞬間、猛烈な爆音と共にモハマッドはロビーの外にはじき飛ばされた。
一方、マンスールとヨセフ他40人の訓練生は、アカバ港経由で一路、ヨルダンの首都アンマンに向かっていた。
アカバを通り過ぎ、そこからアンマンまで、トラックで5時間の距離だ。
アンマンはイェルサレムと良く似た町で、丘陵地に建てられた、美しい町だ。
市街地に入ると、すぐにフセイン国王の宮殿が見える。
マンスールは、宮殿を右に見ながら、更に高台にある官庁街へと上って行った。
イラン大使館に向かっているのだ。
イランはイスラム国家ではあるが、アラブ国家とは違う。
そして政権を握っているパーレビ国王は親アメリカ政策を強行に推進しており、イスラエルともアメリカを介して気脈を通じていると、もっぱらの噂だった。
インターコンチネンタルホテルの中にある、イラン大使館に向かったトラックが、コの字型になったホテルの正面に向かった瞬間、ここでも猛烈な爆音と共に、トラックは吹き飛ばされた。