第十四章  風速50メートルの砂嵐

予想通り、午後3時頃から空が真っ暗になり、湿度100%ではないかと思わせる湿気のある砂嵐が吹き始めた。
外気温は摂氏50度を超えていた。
湿度100%、風速50メートル、摂氏50度の強烈さは、いくら屋内にいても、エアコンのダクトからも細かい粒子の砂が入り込んでくる。
見る見るうちにデスクやテーブルの上は白い敷物が敷かれたように白砂が溜まっていく。
「さあ。これから訓練に入ります」
マンスールは、みんなに縄を渡して、「それぞれの胴にこの縄を巻いて、お互いに離れないようにしてください」
正に、宇宙飛行士の命綱だ。
真っ暗闇の中を手探りしながら、風速50メートルの圧力に抗しなければならないのだ。
キャンプから出た彼らは覚悟をしていたが、さすがに荒れ狂うハムシーンを肌で感じて、蒸し暑さも忘れて汗を掻くどころか、ぞっとした感覚を持った。
「今日の訓練は、このハムシーンの中を走り続けるだけです。ハムシーンはおよそ3時間から4時間続くのは、みんさんご存知でしょう。従って4時間のハムシーンの中でマラソンだと考えてください」
大きく叫ぶようにマンスールはみんなに説明した。
聞いていた連中は、合槌を打つ余裕もなく、ただ聞いているだけで、風で吹き飛ばされそうになる自分の体を、足の爪先に力を入れて堪えるしかなかった。
マスクもしていないので、口を閉じていないと砂が入り込む。
たとえ口を閉じていても鼻の穴から砂が入り込む。
自然に手で口と鼻をかばうことになる姿で、4時間走り続けるのだ。
ひとりでも脱落したら、命綱があるから全員巻き添えを食う。
『コーランに書いてあった、目には目、歯には歯の見せしめの苦痛とは、死ぬにも死ねない苦しみを味わう、このことだ』
モハマッドは思った。
『これに比べたら、シナイでの戦争など屁みたいなものだ』
自然の力は、人間がつくり出すものなど到底及ばないものだ。
ハムシーンが吹き荒れると、これが地球上で起きていることとは思えない気分になる。
全員支え合って、ただ走るだけだ。
時間の経過など考える余裕はまったく無いから、時間が制止した感覚になり、あっという間にハムシーンは治まった。
何処に、自分たちはいるのか全く分からなかったが、風速50メートルのハムシーンの風が、潮が引いて行くようにどこかに消えていく。
「万歳!やった!」
誰かが、叫んだ。
『叫ぶ気持ちがよく分かるよ』
モハマッドも叫んで喜びたかったが、リーダーは自分の心を絶対に見せてはいけない。
黙って横を見ると、マンスールがニタッと笑っていた。