第十二章  死の恐怖と喜びの狭間

『アナル・ハク(我は神なり)!』と言って、体を切り刻まれて死んでいったマンスール・アル・ヒラジは輪舞のマスターだった。
偉大なスーフィーは必ず輪舞のマスターだ。
輪舞をマスターすることで、死との直面に至福の境地で臨めるようになっていたからだ。
彼は、十字架に架けられ、足を切り落され、腕を切り落され、目をくり抜かれ、舌を切り落されても、至福の笑いをこめて、『アナル・ハク!』と言って死んでいった。
「やはり肉体のある身である間は、如何に偉大な魂を持った人間でも、確信はありません。モハマッドも、イエスも、モーゼもそうだったと思います。ただ死に臨んで、アナル・ハクと叫んでいると、今までは飽くまで概念の世界だった神の領域にいよいよ入って行くことが出来るんだという確信がますます強くなっていくのではないでしょうか。それが至福の境地であり、死を喜びと感じることが出来るのだと、わたしは輪舞を舞っていて、そう感じるのです。アル・ヒラジもイマニュエルもそう感じたから、死に直面しても穏やかな顔をしていたんだと思います」
マンスールは輪舞で汗びっしょりになった顔を拭きながらモハマッドに言った。
輪舞を初めて体験したモハマッドも不思議な世界に誘われた感覚があって、マンスールの言っていることが納得出来た。
『テロリストになるには、死を克服しなければならないんだ』
内心そう思ったモハマッドだったが、もうマンスールに皮肉っぽく言う気持ちにはなれなかった。
モハマッドの気持ちを察知したマンスールは、微笑ながら、「テロリストの必須条件だと言われないですね・・・」と言ったが、モハマッドはただ頷くだけだった。
輪舞を体験してから1ヶ月が経った。
他の40人の仲間と一緒に輪舞を舞い続けた、この1ヶ月間に、モハマッドは完全に変貌を遂げていた。
毎日が死との直面で、最初は恐怖だけだったのが、死の恐怖に馴れる従って、恐怖が喜びに変化していく自分に驚きを感じてくるのだ。
他の40人の仲間たちも明らかに目つきが変わって行った。
最初がぎらぎらと輝いていた目から発する輝きはまぶしいものだったが、その内に柔らかい輝きに変化していったのだ。
お互いの目の輝きの変化に気づいていった彼らは、内心で、『こんな穏やかな目をしていたら、決してテロリストだなんて思われないだろう』
と確信していた。
『完璧なテロリストの誕生だ』
モハマッドは満足していた。