第八話 声

しばらく平泉の今屋に逗留することになった雄仁だったが、京都にながく住んでいたこともあって、古い町に共通した文化に触れることが多かった。
京都の祇園で有名な舞妓が、東北地方の古い町には今でも存在する。
雄仁が仕事で訪問した山形の坂田という古い港町で、ある舞妓に出会ったことがある。
「まあ、雄仁はんや、おへんか・・・」
「佳代ちゃんじゃないか!」
2年前に、坂田の呉服店・金色屋の招待を受けた雄仁は、坂田一の高級料亭「本間」で舞妓・佳代と出会った。
今や本場京都の祇園では、地方出身の舞妓が多く、まともな京都弁を使えるものは、舞妓のみならず、芸者の中でも数少なくなり、京都の旦那衆は地方の舞妓とのお茶遊びに熱中していた。
そのことを知った金色屋が、京都でも5本の指に入る都屋の番頭格の雄仁を接待した。
京都でも、舞妓と遊んだことがなかった雄仁は、坂田の舞妓・佳代に熱をあげてしまった。
ハナと別れて、東京の大学へ行った雄仁だったが、ひょんなことから京都の文化に触れ、その虜になってしまった。
そしてとうとう東京の大学を中退してまで、京都の仏教大学に編入したのである。
ハナとの出来事の傷あとも、やっと癒えた頃に佳代と出会った雄仁は、彼女に夢中になったが、所詮相手は水商売の舞妓であった。
女性体験はハナとが初めてであったが、異常な体験だけに、実質の初体験の相手佳代に雄仁が夢中になるのも仕方なかった。
初体験の相手を一生忘れないのが女だと、巷では言われているが、それは男にとっても言える。
古い文化の国では、女に対する純潔観念が強烈にあるだけに、男の初体験の相手は、必然商売女に限られる。
結果、男の初体験は単なる儀式だけに過ぎなくなって、初体験の相手のことは忘却の彼方に追いやられる。
延いては、一生を共にする相手には、余計純潔を求めてしまう。
それが、男の性体験に一生、深い陰を投げかけることになる。
初体験が、記憶に強烈に残る相手であれば、男も一生忘れないのは当然である。
雄仁の初体験のふたりの相手に対する記憶は強烈なものであった。
「佳代ちゃん、どうしてこんな所にいるんだ?」
佳代はポカッと口を開けていた。
「こんな坂田で舞妓をやっているのかい?」
「雄仁はん。何言ってはんの?ここは京都やおへんか」
坂田にいるつもりの雄仁だったが、佳代は京都だと言う。
「お客さん、あんだ何を言ってんだべ。ここは平泉だで」
美形のお升までが仲間に入ってきた。
『ここは何処だ!』
自分の大声で、雄仁はやっと目が醒めた。
『オヒトちゃん、やっと気がついたようだね』
ハナの囁きだった。
「一体ここは、京都なのか、札幌なのか、坂田なのか、平泉なのか・・・!」
頭を抱えて喚めく雄仁に、『美濃でのことを忘れないでね!』と郁子まで出てくる始末だ。
『男と女が織り成す情念は、地の果てまで貫くのだ!』
姿は見えず、ただ大きな声だけが、雄仁の幻想の世界に現れた。