第七十八話 影武者たけし

大慈院には、大きな墓地がある。
一般民衆に開放された墓地だ。
総見院には、織田信長の墓地がある。
大徳寺を総本山とする臨済宗は、妙心寺を総本山とする臨済宗と大きく違う点がある。
禅宗では、曹洞宗より臨済宗の方が歴史は古い。
しかし道元は、貴族の出であったこともあって、曹洞宗は貴族の宗教になってしまった。
一方、鎌倉時代にはじまる武家社会は曹洞宗に対抗する禅宗として臨済宗を檀家にした。
それが南禅寺派である。
曹洞宗と南禅寺派臨済宗の争いは苛烈のものであった。
武家社会も元を糾せば貴族社会から生まれたものであり、坂東武者の代表と言われる源氏も清和天皇から始まったものである。
詰まるところ、曹洞宗と臨済宗という当事のふたつの新興宗教の争いであったわけだ。
妙心寺と大徳寺は、どちらにも与しない宗派として生まれた。
織田信長の墓が、その大徳寺にあるのは象徴的であり、大慈院はしかも一般民衆の墓地として開放しているのも織田信長と共に象徴的である。
雄仁は複雑な心境だった。
『大徳寺は妙心寺と並んで、武家にも公家にも与しない公正な宗派だった。金閣寺はまさに南禅寺派だ・・・』
織田信長と足利義満。
日本歴史上最強の天下人であるふたりだが、その生きる姿勢は余りにも違い過ぎた。
『徳川三代将軍・家光も同じだ!』
腹の底から怒りが込み上げてくるのだった。
「許せん!」
遂、声を張り上げて叫んだ。
そうなると当然の帰結として、丁稚のたけしが登場せざるを得なくなる。
『『許せん!』でしょう!』
珍しく南野たけしは、小さく呟いた。
「おまんは、どっちの味方なんや?」
雄仁はもう手がつけられない状態だ。
『『許せん!』でしょう!』
再び南野たけしが囁いた。
『朕は、あんたに頼みたいことがある』
今度は、囁きで対抗したようで、三回目の繰り返しを待ち受ける雄仁に南野たけしは、期待に反した行動に出た。
『あたいに任せてくださいな!』
この一言で雄仁は決断した。
『あんたに任せるわい!』
ようやく雄仁は、南野たけしに心を許せる気持ちになっていくのだった。
『よし!やるぞ!』