第七十三話 漏尽通力の世界

『郁子と義幹はどうしているんだろうか?』
ふと雄仁は思い出した。
『お升さんはどうしているんだろうか?』
身を乗り出して想う雄仁。
思いと想いは、複雑怪奇な世界の幻想である。
思いが現実なら、想いは夢。
思いが夢なら、想いは現実。
『郁子と義幹に会いたい!』
これは紛れもない想いである。
『お升さんに会いたい!』
これも紛れもない想いである。
同じ紛れもない想いなら、矛盾はない筈なのに、この世では矛盾している。
雄仁は何が何やらわからなくなっていた。
『何をそんなに悩んでいるのだべえ?』
突然、丁稚のたけしが、中途半端な訛で囁き掛けてきた。
『そうだ!こいつが元凶だ!』
わけがわからなくなると現れるのが、丁稚のたけしの囁きだ。
だが、囁きだけならまだましだ。
丁稚の姿の外装を脱ぎ捨て、内装で固めた警官の姿に戻ると、内も外も区分けなしの夢の現実の世界に放り込まれる。
「本官は小休止に入ります」
と囁きではなく、呟きでもなく、叫び出すと、支離滅裂な世界に突入する。
「脱ぐのはやめろ!」
雄仁が叫んだ。
ニタッと笑って丁稚の外装を脱ぎにかかる丁稚のたけし。
「脱ぐのはやめろ!」
言えば言うほど調子に乗る丁稚のたけし。
夢の途中で目が醒めれば、悪夢も楽夢になり得るが、とことん行くのが丁稚のたけしの本領である。
どんどん脱ぎ捨てる丁稚のたけしに呆れ却って沈黙してしまった万世一系に、万世万系は怒涛の攻撃を仕掛ける。
「やめてくれ!」
「やめてください!」
「やめて!」
・・・・・・・。
「どうだ!」
最後の止めに入る丁稚のたけしは容赦しない。
「本官は小休止に入ります」
「わかった、わかった、わかったよ!」
雄仁は嬉しそうに観念した。
『あんだ!いい加減にするんだあ!』
お升の囁きで、雄仁は目が醒めた。
夢というものは、万能である。
自由自在の世界である。
ここまでという境界がない世界が夢の世界である。
観自在力とは、このことである。
漏尽通力とは、このことである。
漏れるが漏れない世界こそ、夢の世界である。