第七十話 阿呆の意味

京都の伏見に坊町というところがある。
深草北陵のあるところだ。
桃山御陵を仰ぎ見るところにひっそりと佇んでいる。
まるでポーランドのオシフィエンチェムの町にあるアウシュビッツ強制収容所の佇いに似ている。
想いの叫びが聞こえるようで、否応なしに視覚よりも聴覚が敏感になる。
否応なしの反応は、自我を忘却させてくれる。
問答無用の決断も、自我を忘却させてくれる。
我慢、忍耐にもそれなりの効用があるらしく、個性の埋没という至福の一瞥を垣間見させてくれるらしい。
深草北陵には、十二の帝が葬られている。
しかし個性の埋没化という至福の境地を垣間見ることができるらしい。
桃山御陵には、明治天皇だけが葬られている。
しかし個性の増幅化という離福の境地を垣間見ることができるらしい。
あっちが良ければ、こっちが良くない。
こっちが良くなければ、あっちが良い。
「お前、ばかでねええか?同じでねええか!」
あっちが良くなければ、こっちが良い。
こっちが良ければ、あっちが良くない。
「お前、まだおなじこどさ言ってるでねええか!」
あっちが良ければ、こっちが良くない。
こっちが良くなければ、あっちが良い。
「うん!?」
あっちが良くて、こっちが良い。
こっちが良くなくて、あっちが良くない。
「うん!?」
みんな良いで良いではないか。
みんなとは、第89代・後深草天皇、第92代・伏見天皇、第93代・後伏見天皇、北朝第4代・後光厳天皇、北朝第5代・後円融天皇、第100代・後小松天皇、第101代・称光天皇、第103代・後土御門天皇、第104代・御柏原天皇、第105代・後奈良天皇、第106代・正親町天皇、そして第107代・後陽成天皇である。
『変だなあ!』
雄仁は思った。
『許せん!』
雄仁は思った。
その横で丁稚のたけしが、「うん!?」。
『許せん!』、「阿呆は!」
雄仁は呟きながら、叫んだ。
丁稚のたけしが怒り心頭で叫んだ。
「それは反対だ!」
今度は雄仁が、「うん!?」
丁稚のたけしが呟きながら、叫んだ。
「許せん!」だ!、『阿呆は!』だ!
うん!?