第六十話 親友たけし

「平岡さん、久しぶりです」
刑事の平野洋介が、したり顔で雄仁に迫った。
「本当に久しぶりですね!」
精神科医の麻生鎮は本当に懐かしそうであった。
雄仁は黙っていた。
「あなた方はどういう関係ですか?」雲西が二人に訊ねたが、黙殺された。
刑事の平野洋介は、同業の誼か、南野たけしの方に視線を向け、鼻をプンプンさせながら言った。
「あんた、わしと同じ匂いをしているね?」
刑事が、「あんた」、「わし」という言葉を吐き出したら要注意である。
恫喝が狙いである。
刑事が、「おたく」、「わて」という言葉を吐き出しても要注意である。
供応が狙いである。
刑事が、「あなた」、「ぼく」という言葉を吐き出したら安心である。
公僕を全うしている。
丁稚のたけしも、つい最近までは、交番所の平警官といえども、公僕の身であった誇りを残していた。
「あんだも、わしどおんなじ匂いさこいでるでねえか?」
平野洋介と同じ意味を言ったつもりでも、相手がまるでわかっていない。
「あんた、どこから来たんだね?」
これだけ酷い東北訛りで喋っているのに、洋介は恍けていた。
「本官は、平泉から参った今屋の丁稚で、南野たけしと言います」
よほど馬鹿にされたと思ったらしい南野たけしは、標準語で返事した。
生真面目な麻生鎮も吹き出してしまった。
そんな雰囲気の中であっても、雄仁は緊張のあまり沈黙を保っていたのを、雲西は逃さまいと必死で雄仁を凝視していた。
「以前、ここで事件が起こった時に来たことがあるんですが、その時の住持で、ええと何ていう名前だったか・・・・」
憶えているのだが、刑事の職業病からか、決して自分のカードを無駄には出さない洋介だった。
しかし、三品のたけしはそこまで我慢できない。
「この坊さんの名前はふたつあって、馬と鹿がなんとか・・・ええ・・・」
まるでわかっていないのだが、わかった振りをする。
洋介は馬鹿馬鹿しくなって、「鹿覚和尚でしたなあ!」とイライラしながら言った。
「なあ!」も刑事用語では、脅し文句である。
ところが、雄仁にとって、「なあ!」は殺し文句である。
沈黙を保っていた雄仁の首筋に稲妻が突然走った。
「わあああ!」
雄叫びのような、悲鳴にも似たような、大声を発して、舎利殿のまわりを走り出したのである。
刑事の平野洋介と、精神科医の麻生鎮は、仰天して呆然自失のまま雄仁を眺めていると、南野たけしも、雄仁の後を追いかけるように走り出した。
「おれも、いっしょに行くだべ!」
この時、雄仁はたけしに無上の親しみを感じたのである。