第六話 二匹の烏

今屋の奥座敷に通された筈の雄仁だったが、幻想の世界から目が醒めると、そこは雪に覆われた中尊寺の境内だった。
藤原清衡・基衡・秀衡三代のミイラが安置されてある本堂の屋根の上に、烏が二羽止まっている。
「カア、カア・・・」
オスの烏がメスの烏に求愛している。
幻想の中であっても烈しい求愛で心身ともに疲れている筈なのに、カラスの求愛の様子を見ていた彼は、再び烈しい欲求が湧いてきた。
そうすると、雄仁は再び今屋の奥座敷の寝布団の中に戻ってきた。
彼の両脇には、今屋の主人藤原一郎と奥女中頭のお升が、心地よさそうに眠っていた。
「何だって!」
雄仁は大声で叫んだが、ふたりは目を覚ます気配がない。
ふたりの肉布団に圧迫されて、雄仁は身動きできない。
札幌の蝦夷屋の郁子そっくりの女だった筈の、今屋の主人が男に変わっているではないか。
それも、とてつもなく大きな目をした、上野の西郷さんそっくりの大柄な男であった。
否応なく雄仁は、お升の方に身体を向けると、お升は寝ずに、じっと様子を見ていたらしい。
雄仁の目と合ったお升は、雄仁の胸の中に飛び込んでいった。
「えがっだ!もう一度おねげえだ!」
浴衣姿のお升は、銀座や赤坂の玄人女性も顔負けするぐらい妖艶そのものであり、更に口を開けると奇妙なアンバランスさが、雄仁の欲情をそそった。
雄仁の手は、お升の方に向けようとするのだが、金縛りにあったように、まったく手が動かない。
何とかして伸ばそうとする自由の利かない手に目をやると、ごつごつとした男の手に握られているではないか。
普通の男だったら飛び上がるところだが、こういう場面に慣れている雄仁は、冷静に手の主を弄るように辿っていった。
『今度は、お升さんが相手なの?』
藤原一郎と思っていた相手の顔が郁子に変わり、あの可愛い微笑をたたえているではないか。
『オヒトちゃん!それは駄目よ!肉体の抱擁でもふたりを同時に相手にしては駄目よ!身体を傷つけちゃ、可哀想よ!』
今度はハナの囁きが聞こえる。
雄仁はハナと郁子とお升の声を、きっちりと冷静に聞き分け、三元世界に対応しようとした。
そうすると、西郷さんの顔をした藤原一郎が振り向き、ぎょろっとした目で呟いた。
「そげんこった、わしは許せん!」
藤原一郎は、刀を抜いて、雄仁の胸先めがけて突いてきた。
「わああ!」
目が醒めると、中尊寺の黒い屋根の上を飛ぶ烏になっている自分に気がついた雄仁は、『ああ夢だったのか!』、『やっと目が醒めたようだ!』と呟いていた。
その様子を襖の向こうから覗いている四つの目と口があった。
「何が夢で、何が現実かは、わからない・・・」
目の方が瞼で言った。
「騒げば騒ぐほど、それは現実なのだ・・・」
口の方が唇で言った。
今屋の奥座敷は、まさに夢の桃源郷だった。
『雄仁よ、雄仁よ。目を覚ませ!』今屋の大きな屋根の上から、叫ぶ声があったが、雄仁はまだ眠りの中にいた。