第五十八話 危うし!舎利殿

雄仁は、沈黙を保っていた。
安曇野寺から金閣寺に戻ってからも、修行は続けていたが、ずっと沈黙を保っていた。
六百年前のことを髣髴させるような、雄仁とハナ、ハナと雲西、そして雄仁と雲西の三つ巴であった。
しかし、ハナと雄仁との交信は完全に途絶えていた。
そのような中で、雄仁の精神状態がますますおかしくなっていった。
刑事の平野洋介と、精神科医の麻生鎮が、時空を超えて登場すれば、事象の輪廻転生は避けることができたのかも知れない。
しかし事態は刻々と事象の輪廻転生に向かっていた。
雄仁も薄々感じ取っていた節がある。
『郁子に会いたい!』
想いは必ず波となって時空の世界を駆け巡る。
『あんだ!どうしだんだべえ!』
お升の囁きが聞こえてきた。
『郁子!』
雄仁は心の中で呟いた。
『郁子さんなら元気に、義幹の世話をしていますよ!』
お升が標準語で囁いてきた。
『郁子!』
雄仁は返事をした。
『・・・・・・』
流石のお升も沈黙の囁きを続けるだけだった。
『お升さん!』
ここで、万世一系の本領を発揮した。
『・・・・・・』
流石のお升も我慢の限界に達していた。
しかし雄仁の負けだった。
「あああああああ!」
生の叫び声を上げて、舎利殿の前の鏡湖池に飛び込もうとした。
『あんだ!わかっだ!わかっだ!わかっだ!だかっわ!だかっわ!・・・・わかっだ!』
ここがお升のお升たる優しい女の所以である。
またもや、雄仁は六百年の時空を超えて、貞子に助けられたのである。
そして舎利殿も九死に一生を得た。