第五十七話 雲西の回想

安曇野寺が一変した。
それと共に、寂光院も激変した。
変わらないのは三千院だけである。
『やはり、三千院は大原では招かれざる客なのだ!』
『その通りですな!』
雲西が頷いた、その瞬間(とき)だった。
『オネエはん!オネエはん!オネエはん!』
ハナが雲西に囁いてきたのである。
ハナが雄仁以外に囁きかけてきたのは初めてのことであり、この瞬間(とき)を以って、雄仁とハナの関係は途絶えてしまうことになるのを、雄仁もハナも知る由もなかった。
雲西は迷いに迷った挙げ句に、ハナに返事をしたのである。
『わたしの前世は、藤原貞子。あなたの前世は藤原厳子。ふたりは姉妹同士だったのです。だから、あなたは、わたしにオネエはんと呼んでいるのです。わたしが、あなたにお上を裏切るよう嗾したのです。あなたの夫であるお上の父君は、わたしを玩んだ挙げ句に、遁甲に仕立てあげ、お上の従兄弟である春王の閨事の相手としてお捨てになった。この怨みは上下の隔てなど関係あるべくもないものです。況してや男と女の間に上下の隔てなどあろう筈もないことを、品位の人たちにはわからないのです。緒仁は雄仁の前世です。わかっていて今まで囁き続けてきたのですか。万世一系の品位の血筋は、前世が前世を生み、後世が後世を生むことを知っているのですか。だから万世一系を続けることができるのです。こんな血筋は世界どこを探してもない程の珍しい現象であるのです。
あなたが裏切ったお上の前世も後世も、みんな同じ魂であることを知ったなら、囁き掛けることなど出来よう筈がないと思っていたのです。しかし、わたしとあなたは、肉体だけの姉妹であって、魂においてはまったく関係がないのです。だから前世を思い出そうが、思い出さなかろうが、今世で会うことも可能であるし、囁き合うことも可能なのです。八百万の神を信ずる神の道の宗教が、万世一系の血筋だからこそ在り得るもので、宗教の存在根拠もまさにこの万世一系にあるのにも拘らず、宗教で、この世も、あの世も蔓延っている。万世一系の珍重さが為す業と言えばそれまでですが、もうわれわれは目を醒ますべき瞬間(とき)がやって来ているのではないかと思うのです・・・』
雲西は、今まで抑圧してきた想いを一気に吹き出したのである。
『・・・・・・・』
ハナは黙っていた。
安曇寺が一変したと共に、まわりの光景も一変した。
想いが一変すると、想いだけではなく、光景までも一変するのである。
これが想いの世界の実相である。
ハナは 熟(つくづく)そう思うのだった。