第五十三話 輝く荒れ寺

安曇野寺は、八瀬の大原にある三千院と寂光院の間に位置する両院の奥の院である。
寂光院は、用命天皇が崩御された際に、皇太子であった聖徳太子が建立した寺である。
三千院は、後光厳天皇の后で、雄仁の前世の魂を持つ後円融天皇の母でもある崇賢門院のために建立された寺である。
それほどに八瀬の大原は、京都が平安京という都になる前から、天皇家にとっては縁(ゆかり)の深い土地であった。
「八瀬の童子」という天皇の為の神輿の名前も、この大原の八瀬から来ている。
室町幕府三代将軍・足利義満は、この「八瀬の童子」という神輿を勝手に引っ張り出し、その神輿に載って都中を闊歩したのである。
雄仁は雲西に訊ねた。
「どうして安曇野寺はあんなに荒れ果ててしまったのですか?」
雲西の前世の魂は、平泉の今屋の女将であるお升にも転生した貞子であり、ハナの前世・藤原厳子の姉でもあった。
寂光院だけが八瀬の大原にあった時代はよかったが、それからおよそ八百年後に三千院が建立されると、寂光院は一気に寂れていった。
「もともとの寂光院は、安曇野寺であったのだが、あの八瀬の童子事件以来、寂光院は人々から忘れられた存在になって行き、江戸時代になってから、今の寂光院が再建されたのじゃ」
雲西は、後光厳天皇から貞子が聞かされていたことを、思い出したのであるが、本人はまったくそんな知識がなかった。
そうこうするうちに、ふたりは安曇野寺に着いた。
「何だ!これは?」
雄仁が仰天した。
「何だ!これは?」
雲西も仰天した。
あれだけ荒れ果てていた安曇野寺が、輝くように再建されているではないか。
ふたりは金で輝く門の前で呆然と立ちつくしていた。
『オヒトはん!おねえはん!はやくおはいりなはれ!』
ハナが囁いている。
雄仁は、ハナの囁きを感じている。
雲西は、怪訝な表情をしている。
『おねえはん、なにをしておいでや?はようこっちへ!』
ハナが雲西を誘っている。
雲西の顔から恐怖の表情が表われたと思いきや、「わああ!」と悲鳴にも似た叫び声をあげて門の外へ飛ぶように逃げ出して行った。
『やっぱり、おねえはんは、うちらを裏切ってはったんや!』
ハナが哀しそうな声で囁くのだった。
その瞬間、雄仁はお升のことを思い出して呟いた。
『お升も裏切るのか!』
その瞬間、お升からの囁きだ。
『あんだ!あだいはあんだのこど裏切るようなこたあしねーど!いいな?』
『お升!お升!お升!』
雄仁は必死にお升のことを叫ぶのだった。
『あんだ!あんだ!早く!』
お升の囁くような叫び声で、雄仁の首筋に稲妻が走るのだった。