第五十一話 内のふたりと外のふたり

「久しぶりです!」
雄仁が雲西に挨拶をすると、和尚は怪訝な顔をして雄仁の顔を見つめている。
「わしは、あんたに会ったことがないがのう・・・」
ハナの墓参りに八瀬の大原にある安曇野寺に行った時に、「平泉の地に行けよ!」と言ったことも忘れているらしい。
雄仁も訳がわからなかった。
『この糞坊主は何を寝ぼけたことを言ってるんだ!』
しかし、淡々とした表情で雄仁は言った。
「そうでしたか、鹿覚和尚?」
ますます怪訝な表情で、雄仁の顔をまじまじと見つめる雲西和尚は、鹿覚和尚と言われても否定もしない。
『この糞坊主は雲西なのか、鹿覚なのか、一体どっちなんだ?』
またもや雄仁が味噌と糞に分かれそうになった。
徐に相好を崩しはじめた和尚が雄仁に語り始める。
「わしはこの鹿苑寺では雲西で、大徳寺では鹿覚なのじゃ。お前が会ったという雲西は大徳寺で会ったのであろうが、ここは残念ながら鹿苑寺じゃ。わかるな?」
味噌になった雄仁は、納得した顔をして肯いている。
『何を言ってるんだ!俺があんたに会ったのは安曇野寺という荒れ寺ではなかったのか!』
安曇野寺を思い出した雄仁は糞になった。
その表情を見て雲西はますます怪訝な表情になっていった。
『何だ、これは!』
それでなくても精神分裂気味の雄仁であったが、その雄仁も我慢の緒が切れそうになっていた。
「お前は本当に納得しておるのか?」
やっとまともなことを言う坊主だったが、肝心の雄仁がまともでなかったから、ことはややこしくなった。
「もちろん納得しております!」
雄仁は断定口調で言った。
「お前は、わしとどこで会ったのか?」
和尚が訊いてきた。
「『わしは、あんたに会ったことがないがのう・・・』と最初に言ったのは、糞坊主、あんたではなかったのか?」
そう思った雄仁がまともになった。
「いや、わしは以前お前に会ったことがある!」
今度は和尚が断定口調で言った。
「いや、わたしは和尚とは初対面ですよ」
雄仁がおかしくなった。
「そうだ、そうだ!」
和尚が笑った。
「そうだ、そうだ!」
雄仁も笑った。
夕佳亭の中からふたりの笑い声が聞こえてきて、観光客のふたりも夕佳亭の外から、銀河泉と三重の舎利殿を見下ろしながら笑っていた。