第五十話 餓鬼道と畜生道

夕佳亭の中から外の様子を窺っていた雲西は、雄仁が雲西の気配を感じ、雄仁の背中の目が自分のことを凝視していることに気づいた。
「痛い!」
雲西が悲鳴をあげた。
褌の紐を締め過ぎたのが原因だったが、当の本人は何事が起こったのか気づかず、身体に異変が起きたのかと動転した。
その想いの波動が、雄仁にすぐ伝わった。
「馬と鹿にも劣る人間どもが、うしろにまだ隠れておったのか!」
雄仁は無言の叫び声をあげた。
今まで、鈍感そのものだった、銀河泉の滝に飛び込んだ観光客のふたりもさすがに気がついたようである。
「あの茶室にも馬鹿がいるのですね?」
ひとりの観光客が雄仁に訊いた。
「どうしてそれがわかるのだ?」
雄仁が訊き直した。
「だってあなたの背中の目がそう言っていました」
雄仁は目を思い切り開けて、その男を睨みつけ言った。
「では、わたしの代わりに、あの茶室に行って様子を見てくるように」
「わかりました!」
限りない明るい声を発して、その男は夕佳亭の中に入って行った。
5分程の沈黙のあと、その男が夕佳亭から奇声をあげて出て来た。
「飛んで、飛んで、飛んで・・・回って、回って、回るううう!」
その観光客の様子を見て、雄仁も褌の紐を締めに掛った。
「痛い!」
雄仁も雲西と同じように悲鳴をあげたが、雄仁は褌など付けておらず普通のブリーフだった。
『以心伝心とは、このようなことを言うのかな?』
独り言を言った雄仁に、雲西が話しかけてきた。
「もういい加減にして、あがって来なされ!」
雄仁にとっては、雲西との対決を前にしてのメンタルトレーニングをしている積もりだったのだが、雲西は待ち切れなくなって、遂に雄仁の想いに訴えかけたのである。
「では、今からそちらへ参ります」
観光客のふたりは何が起こったのか、さっぱり理解できずに銀河泉の滝に飛び込んでしまったのである。
鏡湖池と舎利殿の風景と、夕佳亭と銀河泉の滝との風景は、同じ四次元世界でありながら、三次元立体世界の風景が違っていたのである。
雄仁と雲西。
ふたりの観光客。
この二律背反の世界と、一般観光客でごった返す一次元世界の織り成す世界が、餓鬼道と畜生道の違いであった。