第五話 今屋の幻想

都屋よりも遥かに立派な店構えに雄仁は仰天した。
『田舎の大店は古くて立派だ。全国に小京都と呼ばれる都市が数え切れないほどあるが、どこの小京都もみんな本家本元の京都よりも伝統を大切にしている。今の日本はすべてが東京に集中していて、日本即ち東京の風潮が蔓延っている。田舎にはすぐに日本の首都を引き受けることができる立派な都市がある。この平泉もその一つだ。小京都と呼ばれる都市で拝観料を取るような神社仏閣は殆ど見受けられない。京都や奈良も古都だと言ってあぐらをかいているようでは駄目だ』
店の前で、独り言をぶつぶつ言っていると、店の中から昔ながらの丁稚風の格好をした少年が出て来た。
「あのう君、ちょっと訊ねたいんだけど、藤原一郎さんて方を探しているんだが、聞いたことないかなあ?」
怪訝な表情をしていた少年は、すぐに店の中へ戻って行った。
番頭風の中年の男が少年と一緒に出てきた。
「藤原一郎さんを、探しているちゅのは、あんだでか?」
「ええ、そうです。京都大原の安曇野寺の雲西という住職さんから、平泉の藤原一郎さんに会いに行けと言われたんです」
雲西という名前を出した途端、番頭風の男の表情が変わった。
「そうだでか!雲西さんの知り合いなんだべ?」
雄仁が頷くと、その男は横にいた丁稚にあごで指図した。
「お客さん。こちらへどうぞ」
丁稚の言葉には訛がなかった。
昔風の暖簾を潜ると、女中たちが一斉に額を畳につけて雄仁を迎えた。
10人近い女中たちが、ずらっと並んでいる様子は壮観だった。
筆頭格らしい女中が、真ん中に座って雄仁に言った。
「お升と申しますだ。おれが、あんだの面倒をみるこどになったで、よろしくねがいますだ」
目を閉じて聞いていたら、『これからどうなるんだろう?』と雄仁はきっと思ったであろう。
訛のある声から想像もつかないぐらい、お升は東北美人だった。
雄仁の首筋に稲妻が走った。
奥座敷に案内された雄仁は、お升に訊ねた。
「僕は藤原一郎さんて方に会いに平泉に来たんです。ここでこんな歓待を受ける筋合いはないんですが・・・」
お升は笑いながら答えた。
「あんだが探しでいる藤原一郎さんで方は、うじの旦那さんだべ」
雄仁はびっくりした。
「ここの旦那さんは、今秀光さんでしょう?」
お升は、いたずらっぽい目をして雄仁に言った。
「今秀光というのはベンネームでいうやずだ。本名は藤原一郎と言うんだべ」
お升の子供のような目と豊満な肉体のアンバランスに雄仁は肉欲をもよおした。
『おひとちゃん、お升さんを抱いてもいいよ』
ハナの囁きだ。
これからことを始めるという前に、ハナから釘を刺されたような気がして、雄仁の衝動は一気に冷めてしまった。
「それじゃ、旦那さんに会わせてくれますか?」
そのとき、隣の部屋から、襖の開く音がして一人の女性が入ってきた。
「あたしが、今屋の主人の今秀光です」
その顔を見た雄仁は慄然とした。
『蝦夷屋の郁子だ!』
そのとき、再び雄仁の胸の辺りから囁きが聞こえた。
『その人は、わたしじゃないわよ。瓜ふたつだけど、何の縁もゆかりもない只の他人よ!』
顔色がどんどん変わっていく雄仁の表情を見ていた店の主人は、意味ありげな表情で微笑んでいた。
「お客さん、どうするんだべ?」
お升は、雄仁の袖を掴んでねだるような声で言った。
そのあとの光景は、まさに幻想の世界であった。