第四十八話 褌の紐

久しぶりに雄仁は京都に帰ってきた。
京都駅からタクシーに乗った彼は運転手に言った。
「東大路・百万遍まで行ってください」
都屋に向かうつもりだった。
ところがタクシーは何を思ったのか、京都駅の前の烏丸通りを北に向かうではないか。
「ああ!」
突嗟のことで声が出ず、運転手のままに任せていたところ、五条通りを東に向かわずに反対に西方向にハンドルを切る。
『ここまで来たら、天に行く手を任せるしかない!』
天に任せず、蜘蛛助に任せているだけではないか。
天と篭屋の蜘蛛助では偉い違いであるのに、万世一系の血には、この味噌と糞の判断ができないのである。
五条通りから西大路通りに出た蜘蛛助は、再び北に方向を変えた。
『そうか。ここから丸太町通りに出て一気に東に向かうつもりだったのか』
やはり味噌と糞を一緒にする万世一系の悪い癖は治らない。
丸太町通りとの交差点である円町に出た蜘蛛助の篭だが、曲がる気配が一向に感じられない。
「ああ!」
突嗟のことで再び声が出ず、蜘蛛助のままに任せていたところ、篭はそのまま西大路通りを北に向かった。
そこでやっと雄仁は、蜘蛛助の意図がわかったのだ。
『そうか、金閣寺に行くつもりだったのか!』
すべてを納得した味噌糞は、蜘蛛助に礼を言った。
「蜘蛛助さん!要らぬ心配り申しわけない!」
蜘蛛助はただ料金を吊り上げるために、わざと遠まわりをしていただけであったが、突然のカウンターパンチに仰天した。
「いええ!百万遍まで行きなさるので・・へい!」
そのつもりだった蜘蛛助は、金閣寺で降りると言い出した雄仁の豹変ぶりに狼狽して、泡を吹き出した。
「いや、もうそこだから、降ろしてください!」
平然と言う雄仁に呆然としている蜘蛛助が怒鳴った。
「『東大路・百万遍まで行ってください』と言ったやないか!」
その瞬間(とき)、味噌糞が味噌と糞に分かれた。
「そんならなんで、最初から東大路に行かずに西大路に行ったんや!」
もの静かなもの腰の味噌糞が、臭い糞を蜘蛛助に放り投げた。
それまで調子に乗っていた蜘蛛助が一気に老運転手に変身していた。
「お客さん、あんた人が悪いわ!」
ちょうど、そのとき車は金閣寺の前に停まった。
『いよいよ、これからが本番だ!』
褌の紐を締めなおす雄仁は、味噌でも糞でもない烏に変身していた。