第四十五話 品位のない魂

思わぬ事態になって呆然自失となってはいたが、逆に何とも言えない開放感も胸から腹の辺りにひたひたと心地よく押し寄せて来る。
そんな感じの雄仁は、天空を舞う白い馬に乗っているかのような高揚した気分に徐々になっていた。
『こんな気分は600年以上経験したことがない・・・』
昂揚した気分に陥ると、前世も今世もすべてひとつになり、まさに時空の世界を超えることが可能になる。
知らぬ間に平泉の駅に足を向けていた。
どんな動物でも走性という本能がある。
人間も動物のひとつであることは否定できない。
意識して行動しない限り、人間も本能に流されてしまう。
本能を源に発する走性が、雄仁を平泉駅に向かわせた。
しかし、世の中は思わぬことが起こるのが常識であり、因果説や原因に因る結果が出るなどと嘯いて、世の中の出来事はすべて必然であると、わかったことを言う人間がいる。
そんなことはまったく出鱈目である。
雄仁は例の風俗店の前に、遂にひとりっきりで出喰わしたのである。
昂揚した気分になっていた雄仁は、丹田と股座で形成する三角デルタに稲妻が走っていることに無上の悦びを感じていた。
しかし万世一系の血筋を誇る雄仁の身体が、本人の予想を覆す反応を示した。
『こんなときこそ我慢する瞬間(とき)である。それが人間の品位というものである』
あれだけ四六時中ひっきりなしに、首筋のみならず全身に稲妻を走らせていた雄仁に思いもかけない事態が発生した。
しかし、人生はすべて偶然の所産であることを証明するような事が起こった。
独りで風俗店を切盛していた女が雄仁の前に偶然現れたのである。
その女も意図して店から出てきたわけでもない。
すべてが偶然の所産である。
「あんだ!まだきだのかあ!」
嬉しそうに雄仁に話しかける。
「つれはいねえだが?」
そう言って、まわりをきょろきょろ見回していたが、堕落警官がいなくて、雄仁独りでやって来たのだと誤解したらしい。
「おらあ、うれしくって!おらあ、うれしくって!」
リンゴ追分を歌い出した。
「あのおどこはひどいおどこだあ!」
丁稚のたけしのことを言っているらしい。
我慢をするのが品位というものであると啖呵を切った雄仁だったが、脆くも崩れ去ったらしい。
『ここはひとつ清水の舞台から飛び降りる覚悟で、丁稚のたけしの悪行三昧を暴いてみせるのが、世のためだ!』
自分に都合のいいように言い聞かせた雄仁は、女に手を引かれて店の中へ消えて行った。