第四十話 新米丁稚

「平岡さん、お電話ですよ!」
玄関から、手代の一人が大声で言った。
「平岡さん、南野たけしという方から電話ですよ!」
離れの部屋で編み物をしていた雄仁が飛びあがった。
『あの警官だ!』
読書をしていた郁子もびっくりした。
『本当に、たけしという人物がいたんだ!』
雄仁は何も言わずに黙って部屋を出て行ったが、郁子もその後をついて行った。
「もし、もし。平岡ですが・・・」
わざと相手を知らぬ振りをしてみせる雄仁に、電話の相手のたけしが呟くように言った。
「あなたと義兄弟の契りを交わしたたけしですよ、ほら、あの・・・・・・・・・・たけしですよ!」
少し考えている様子だった。
「警官が、わたしに何の用事でしょうか?」
決して隙を見せないぞという決意を相手に伝えなければならない。
「ほら!わたしのことをご存知じゃないですか!」
喋ると余計ボロを出すと思った雄仁は黙ってしまったが、電話の相手が突然暖簾を潜って雄仁の前に顔を出した。
「ほら、わたしですよ!」
玄関の様子を廊下から窺っていた郁子も仰天した。
『あのチンピラだわ!』
驚きと懐かしさが交錯する想いを、郁子は楽しんでいる様子だったが、突然意を決して彼らの前に姿を現わした。
「あなたは一体どっちなの?」
まさに三つ巴戦の様相で、本音を出した方が敗退して行くのだが、こうなると普段から虐げられている女が強い。
「あなたって誰のことだい?」
雄仁は血の良さが出た。
「あなたって、あなたのことですよ!」
たけし警官は血の悪さが出た。
「何言ってんのよ!男はいざとなるとこんな様なんだから!」
女の意地の悪さが出た。
頑張り屋の女は意地が悪いのが通り相場であるが、それだけにしぶとしで最後まで頑張り抜く力は相当なものだ。
そこへお升が割って入った。
今度は四つ巴戦だ。
しかしお升はそんな女ではなかった。
尽くせばとことん尽くす女であることは、春王の頃から義満になり最後に暗殺されるまで、尽くし切った女である。
大和撫子とは、まさにこういう女のことを言う。
「郁子さんうん、もうやめねえが!かっこうわるいだでええ!」
気丈夫な郁子も手弱女のお升には弱いらしい。
「あんだだじい!はよういつものところさ、行くべえなあ!」
『何て物分かりのいい女なんだ!』
雄仁は改めて感動した。
「おれさ、風俗のわげえおなごより、年増のこのおなごのほうがよかああ!」
警官が率直に言い放った。
そのとき、今屋の屋根の上を四羽の烏が鳴きながら飛び、白い糞をたけしに目がけて吹き飛ばした。
「カア!カア!カア!カア!」
しかし、お升が殊勝にも、警官を守ってやった。
警官は更に感激して言い放った。
「おれ!警官ばやめで、ここで丁稚でもいいからやとってくれねえだか?」
四つ巴戦は警官の勝利に終わり、警官は晴れて今屋で丁稚奉公することになった。
「たけ坊や!たけ坊や!たけ坊や!たけ坊や!」
今屋の屋根の上を四羽の烏が祝福するように鳴いていた。