第四話 陸奥平泉

平泉は、藤原三代が祀られている中尊寺で有名である。
特に、藤原秀衡の時代に源義経の面倒をみた結果、源頼朝によって滅ぼされたが、もともと源氏の中興の祖と言われている八幡太郎義家と、父祖の清衡との親交が厚かったのが、奥州藤原三代と源氏の縁であった。
何処に藤原一郎という人物がいるのかもわからないまま、雄仁は平泉にやって来た。
都屋は着物産業発祥の地、京都でも指折りの老舗であっただけに、戦国時代から日本全国の大店と取引があった。
『一度も来たことはないが、確か、平泉には今屋(こんや)という呉服屋があったはずだ。主人の名前は今(こん)秀光と言ったはずだ』
昨年の秋に、都屋の招待で、全国の取引呉服商を欧州旅行に連れて行ったことがあった。
雄仁は、その旅行の責任者として総勢200名の引率者の役目を負ったが、その中に今秀光という名前があったことを思い出したのだ。
『たしか、えらく好きもんだった記憶がある』
駅前の交番所に入った雄仁は、暇そうに椅子に座って居眠りしている警官を起こした。
「すみません、今屋という呉服屋さんに行きたいのですが・・・」
眠気眼でうつらうつらとしている警官は、「今屋(こんや)」という屋号を聞いただけで、目を覚ましたようだ。
「なんだ!あのう助兵衛爺々のところに何の用なんだ?」
突然、「用はなんだ?」と聞かれて、はじめて衝動だけで、平泉までやって来た己の業に雄仁は苦笑していた。
『ひょっとしたら、俺は両刀使いかも知れないなあ!』
胸が弾んでいる自分に、京都の駅から汽車に乗り込んだときに、既に気づいてはいたのだ。
「京都の呉服問屋から今屋さんに注文取りに、わざわざやって来たんです。へい」
下手に出た雄仁の態度に好感を持ったらしく、警官は丁寧に地図を引っ張り出して説明してくれた。
「それほど遠くないから、おれが案内してやるだ」
急に東北訛りが出てきたのは、よそ者に対する警戒心が解けたからだ。
警官のあとをついて行った雄仁は、平泉駅から10分ほど歩いたところで、風俗営業が集まっている歓楽街に差し掛かった。
「こんな田舎じゃが、なかなかええ子がいるんじゃ」
自分の立場を忘れてしまっているらしい。
別段の用事があるわけでもないので、警官を少し茶化してみよう思ったのか、突拍子もないことを口にしてしまった。
「一緒に遊んで行きませんか?代金はわたしが持たせてもらいますよ」
まともに受けたらしく、その警官は、頭をさすりながら、『本来なら、お勤め中で無理なのだが、今回はよその地の人の案内だから、甘えさせてもらっていいと、本官は思う・・・」
こんな時になると、きっちり標準語を喋る。
1時間ほどの時間潰しと案内兼ボディーガード役としては、それほど高くないし、自分も遊べたのだから文句を言うこともないと、雄仁は自分のいい加減さに苦笑しながらも、ほど好い疲労感を楽しんでいた。
『田舎に行くと、まだ日本にもほのぼのとさせられる処があるんだ』
今屋の前に立った警官は、雄仁に最敬礼をして立ち去って行った。
そうすると、突然雄仁の目の前の景色が変わっていた。
『何だ!今のは白昼夢だったんだ。道理で変な警官だった。さあ、これから本番が待ち受けているんだ』
そう思うと、雄仁は武者震いするのだった。