第三十九話 歴史の節目

郁子が札幌から帰ってきた。
「みんなと相談したんだけど、やはり義幹(よしもと)という名前は縁起がよくないってみんな言うの・・・だから・・・」
優柔不断な雄仁であっても、愛情には勝てない郁子。
郁子は雄仁の表情を窺っている。
「じゃあ、義経(よしつね)にするのかい?」
雄仁にとっては、名前などどちらでもよかった。
「ええ、こちらの主人は、奥州と言っても藤原一門だから・・・。家の方は源氏の流れだから、やっぱり・・・」
郁子の話を聞いていた雄仁は、『郁子は、まだ自分の前世のことを知らないようだ!』と確信した。
『だが、義経にしても、義幹(よしもと)にしても、所詮姓ある一族だ。品位を尊ぶ万世一系の家柄とは品が違うのに・・・』
600年の時空を超えた前世の魂の叫びが聞こえない郁子に理解させるのは、所詮無理だと思う雄仁であったが、ふたりの間の絆は、幻想の世界と、所謂現実の世界を貫く純粋無垢な精神である。
ふたりの間の肉体関係は、札幌の雪祭りの際と、美濃の岐阜駅の近くのホテル以来一切なかった。
それでもふたりは結婚し、義幹(よしもと)という子供までつくった。
まるで、ナザレのヨセフと結婚した処女マリアが、神の子イエスを産み落としたようなものである。
肉体があるから執着が生まれる。
精神だけであれば、人間といえども執着はない。
雄仁は、精神だけで郁子を愛そうとした。
しかし、生身のある身だ。
お互い、時折、生身が疼く。
男女の抱擁は、生身が疼く時の浄化作用であるのだが、ふたりは安易な浄化作用を求めなかった。
それだけに精神の疼きもきつい。
2000年の時空を超えたオリエントの地での奇跡の復活である。
イエスを産んだマリアは、紀元前1200年のギリシャとトロイの戦で捕まり、トロイ軍が木馬で救出を図ったスパルタの王妃ヘレネの生まれ変わりである。
藤原厳子は、万世一系を守ってきた天皇家の危機を、足利義満から救った日本のヘレネであり、マリアでもある。
トロイ戦争は紀元前1200年。
イエスの誕生が紀元。
そして日本ではじめて天皇家(朝廷)から政権を奪った源頼朝が武家政権を樹立したのが、更に1200年後のことであった。
郁子とお升は、この時代を朝廷側と武家側に立って女性の立場から権力の座を凝視した生き証人、藤原貞子と厳子の姉妹の生まれ変わりである。