第三十八話 三羽の烏

「あんだ、お嫁さんはどうしたんだべえ?」
平泉駅のプラットホームで夫婦揃って見送りに来てくれた時には、あれほど奇麗な言葉を喋っていたお升だったのに、雄仁の前に独りでいると東北訛りが出る。
最初のうちは戸惑う雄仁だったが、そのうちにお升の美形とのアンバランスが妙に下半身を刺激して、却ってお升のセックスアピールは強烈に雄仁に働きかけるのだった。
「あんだ!」
雄仁の首筋に稲妻が走る。
「あんだ!こっちに来なあ!」
首筋を走った稲妻が丹田を打つ。
「あんだ!えがっだ!」
丹田を打った稲妻が洗心を貫いて、地球の中心に回帰する。
そうすると雄仁の想いは、三次元から四次元を貫通して五次元に向かうのだが、五次元に到達した想いというエネルギーはもう二度と回帰しない。
そして、その想いはプラトニックに変身する。
「雄仁さん!お嫁さんが札幌に帰っているそうで大変でしょうね!何なりとお申し付けくださいな!」
急にお升の口調が変わった。
特に最後の、「・・・な!」が、再び雄仁の首筋に稲妻を走らせる。
「郁子が・・・。郁子が・・・。厳子が・・・。厳子が・・・」
独りでぶつぶつ呟いている。
「雄仁さん!郁子でも、厳子でもないでしょうな!貞子でしょうな!」
いよいよお升の攻撃は激しさを増してきた。
雄仁を狂わす稲妻は、もう首筋ところではない。
丹田と股座との三角デルタ。
股座と洗心との三角デルタ。
このふたつの三角デルタに稲妻が走り回っているのだから、雄仁の頭頂の千本の花弁を持つチャクラは大型台風の扇風機のようである。
「もう飛んで、飛んで、飛んで・・・・」
お升の東北訛りのない言葉が、雄仁を完全に狂わそうとした矢先に、ハナからの囁きが、雄仁の後頭部ではじまった。
「オヒトちゃん!オヒトちゃん!おめえなにやっでんだあ!」
ハナがお升の声帯模写をやっている。
「何だ!これは!」
目が醒めた雄仁の目は天井を凝視していた。
いつもは横に一緒に寝ている郁子の姿がないのを確認して、雄仁は呟いた。
『郁子!早く帰って来ておくれ!』
その瞬間、離れと奥座敷との渡り廊下を走る音が聞こえた。
どんどんこっちに近づいてくる。
雄仁の部屋の前で、その足音は止まった。
雄仁は固唾を飲んだ。
『何だ!』
障子越しに影が映っている。
『何だ!』
影は微動だにしない。
『何だ!』
その瞬間、天井がぱっと開いて、夜明けの天空が雄仁の頭上に拡がった。
「カア!カア!カア!」
今度は三羽の烏が鳴いて、今屋の屋根の上を飛んでいた。
「カア!カア!カア!」