第三話 山城・美濃

八瀬の大原のひなびた荒れ寺に無縁仏として埋葬されたハナのことを知った雄仁は、生前ハナが好きだった山茶花の白い花を墓に供えて合掌した。
『やっと来てくれたのだね!オヒトちゃん!』
ハナの囁きを予感していた雄仁は、何も応えずただ目を瞑って合掌した。
『オヒトちゃん、何か応えて!』
札幌での郁子との体験が胸につかえていた彼は覚悟をした。
『何も気にすることはないのよ!郁子という女性の肉体を抱いただけで、あなたの想いが抱いたのは、あたしの想いなのだから・・・』
合掌する雄仁の両手がぶるぶる震えた。
『あたしはもう肉体を失った想い、あなたはまだ肉体を持った想い。だから肉体を抱きたくなるのは仕方ない。気にすることはないのよ!』
必死に別の自分が叫び出すのを抑えようとする雄仁は、合掌する両手に意識を集中する術しかなかったのだ。
『肉体を持つ身は、肉体の快感を忘れることができないの。だけど、あたしとあなたは、肉体ある身であっても、想い同士で抱き合ったのでしょう?そうだったでしょう?』
『そうだ!』
胸の中で呟こうと頑張るのだが、声が出ない。
『あたしは夢の世界であなたを愛したのだから、気にすることはないのよ!肉体の世界は、あたしには関係ないこと・・・』
無縁仏の前で、汗びっしょりになって手を合わせている雄仁の様子を見ていた雲西という一人の僧がいた。
「喝!」
雄仁に向かって、一言叫んだ。
『ああ、またあの坊主が邪魔をする!あたしたちの間を、あの坊主が邪魔をする!』
じっと目を瞑っていた雄仁が目を開けて、「喝!」と叫んだ僧侶の姿を探した。
『ああ、貞子!』
雄仁が思わず呟いた。
『そうよ!姉の貞子よ!春王のスパイの貞子よ!』
ハナも雄仁の胸に抱かれて囁いた。
「平泉の地へ行けよ!」
雲西という名の僧侶が、雄仁に向かって叫んだ。
「平泉の地に行けよ!」
『駄目!オヒトちゃん、平泉に行っては駄目!』
ハナが雄仁の胸を突き放して囁いた。
「藤原一郎という男を訪ねて行けよ!」
遮るように、雲西は言った。
『ああ!オヒトちゃん!オヒトちゃん・・・・・平泉には、あたしを峰打ちした春王が、春王が・・・』
その瞬間、札幌の蝦夷屋の主人の名前を思い出して慄然とした。
『確か、蝦夷屋の主人は源春雄だったはずだ』
雄仁が平泉に行くのを、ハナが必死に止めた理由がわかったのだ
しかし、想いとは裏腹に心は平泉に向いているのが、雄仁にはわかるのだった。
目が醒めてみると、雄仁は東京に向かう汽車に乗っていた。
「雄仁さんじゃない!」
背中の方から聞きおぼえのある声が響いてきた。
振り返ると、蝦夷屋の郁子が立っていた。
「郁子さん、なんでこんなところにいるんですか?」
『多分、俺のあとをついて来たんだろう・・・』
「都屋さんに用事があって、京都まで来たのよ!本当にそうよ!」
利発で器量のよい娘の郁子に、雄仁は心が魅かれているのだが、何かが邪魔に入る。
その原因はわかりきっているのだが・・・。
「今度は何処に行くの?」
郁子の顔と豊満な胸が、雄仁の顔をつかんばかりに寄ってきたとき、鼻から首筋に強烈な稲妻が走った。
ふたりは岐阜で途中下車して、近くのホテルに入った。
「今度は、ハナという名前でなくて、貞子という名前を叫んでいたわよ。雄仁さんは、最後のところで他の女性の名前を呼ぶのだから・・・、憎い人!」
郁子は、そう言いながらまんざらでもない表情をして微笑んでいた。
岐阜の駅で、ふたりは別れた。
ふたりの行き先は同じ北の地であったが、強烈な稲妻がふたりの身体を走り去ったあとだけに、今度は斥力がお互いに働いたのがむしろ自然であった。
雄仁は平泉に向かった。