第二十九話 近づくふたり

正気を取り戻した雄仁と郁子は、真暗闇の中で必死に出口を探ると、ドアーの取っ手らしきものに引っ掛かった。
「そうだ!マッチがあった!」
ポケットを探った雄仁が叫んだ。
真暗闇も一本のマッチに灯が点くだけで消滅する。
「越中屋倉庫!」
またまた雄仁が叫んだ。
ふたりが閉じ込められていた小樽運河の倉庫は、越中屋の倉庫だったのだ。
「じゃあ、あの二人は・・・」
郁子が静かに呟いた。
「ええ、何だって!じゃあ、あのチンピラは夢ではなかったのか!」
またまた雄仁は叫んだ。
「何の話をしているの?越中屋に入っていった都屋の主人と、わたしの父のことを言っているのよ・・・」
雄仁は安堵した。
『やっぱり、あれは悪夢だったんだ!』
悪夢は、夢の中で夢を観るから悪夢になるのである。
楽しい夢は、夢の中を現実だと思わずに夢ではないかと思うから楽しい夢になるのである。
郁子は単に夢を観ていたが、雄仁は夢のまた夢を観ていたから、浴衣が血に染まっているように見えたのである。
郁子の足下を凝視した雄仁には、やはり血に染まった郁子がいる。
しかし当の本人は、まったく意識していないから、血に染まっていないのが現実なのである。
夢の重なり度が人によって違う結果、所謂現実の世界での相克が起こり、諍いが起こるのである。
「雄仁さん、しっかり現実を見つめなきゃ駄目よ!」
郁子の言葉ひとつひとつが、雄仁の精神を揺るがせるのであり、それが前世の緒仁こと後円融であることに気がついていなかった。
郁子が後円融の后である厳子であることに気がつくのは、雄仁が観た夢の中の夢である悪夢の世界に気がついた時であるが、まだふたりの気持ちには温度差があった。
雄仁の精神が、やっと郁子の精神レベルまで戻った。
「そうだなあ・・・。社長と源さんが一緒に越中屋に入って行ったのは、僕たちが小樽に来ていることを知っているからで、ここが越中屋の倉庫であるということは・・・」
ぶつぶつ呟いていると、郁子が急に叫んだ。
「ここに小さな穴があるわ!」
ふたりは完全に所謂現実の世界に戻っていた。
「こっちよ!雄仁さん!」
雄仁の首筋に稲妻が走った。
「よし!そこから脱出しよう!」
『当面は、この現実だけにしておこう!』
自分の胸だけに納得させた雄仁が呟いた。
ふたりが脱け出た場所は、小樽運河と港の間の小さな路地だった。
「ああ、やっと悪夢から醒めた!」
「本当に、夢だったのね!」
ふたりの微妙な言葉の違いがそこにあったが、それがこれからどんどん近づいて行くことになることだけは感じ合っていた。