第二十五話 藤原厳子

藤原厳子。
第百代・後小松天皇の母で、北朝第5代・後円融天皇の妃であるとともに、後円融天皇の父で北朝第4代・後光厳天皇の愛妾・藤原貞子の妹でもある。
ということは、幼名緒仁こと後円融天皇と藤原厳子とは夫婦であって義兄妹という複雑な間柄である。

しぐれゆく 外山(とやま)の雲に 鳴く鹿の おもひや晴れぬ 秋の夕暮れ

従兄弟の関係にある後円融天皇と室町幕府三代将軍・足利義満のふたりに翻弄され、不幸な人生を送った女性である。
藤原一族と天皇家との1200年以上に亘る姻戚関係の不文律がどれだけ多くの女性に不幸を齎したか計り知れない。
蝦夷屋の娘・源郁子は、ハナと同じ前世の女性・藤原厳子であった。
政治と欲情が織り成した、男の真っ赤な色の世界に放り込まれ、自分の意思というものを殆ど発露せずに死んでいった一人の女性が、来世に生れ変わってくるなら、到底一人の人間では浄化し切れない怨念が一代の生で集約されたのが藤原厳子の一生である筈だ。
今世では、ハナに、雲西に、そして源郁子に輪廻転生したのである。
そして前世の夫・後円融天皇こと緒仁の生れ変わりである平岡雄仁と彼らの絡みが、これから複雑に展開されて行く。

しぐれゆく 外山(とやま)の雲に 鳴く鹿の おもひや晴れぬ 秋の夕暮れ

もゆるあめ 内山(みやま)の雲に 泣く傷の うらみや晴れぬ 冬の木枯らし

藤原厳子のかえし歌である。
『オヒトちゃん!オヒトちゃん!わかったでしょう?郁子さんは、あたしだったの・・・』
チベットのラマ教の教主であるダライラマは代々、現世輪廻転生を繰り返すと言われ、代々のダライラマが崩御すると、即座に魂の高貴な子供に転生すると伝えられ、次のダライラマを継ぐ子供をチベット中から探し出すのである。
ハナがあの世へ旅立ったとき、雄仁は札幌の蝦夷屋にいて、郁子と情を交わしていた。
ハナは郁子に現世輪廻転生したのである。
ハナから郁子のことを聞かされた雄仁は呆然とした反面、感動していた。
ハナとの異常な関係に良心の呵責と、罪の意識に苛まれてきた過去を振り返ると、限界を遥かに超えていた。
ハナと生前に別離を告げて、札幌に行ったのも、雄仁の精神力の限界を超えていたからである。
しかし、ハナの執念すなわち厳子の執念の大きさは、雄仁の現世における自己矛盾による葛藤の比ではなかった。
『オヒトちゃん!オヒトちゃん!どうか郁子さんの情念を慰めてあげて!そうでないと、あたしは・・・』
雄仁はハナの想像を絶する想いの原点を見た思いであった。
『藤原厳子を成仏させてやらなければ・・・。それは郁子さんを幸せにしてやることだ!』
雄仁は決意するのだった。