第二十四話 源郁子

郁子の運転で二人は一旦岩見沢に寄り、そこから小樽へ向かうつもりだった。
本土では春の季節になり、桜前線が南から北上していたが、北海道はまだ冬である。
岩見沢まで高速道路を走ったが、雪国の高速道路は極めて危険だ。
凍結道路をスリップせずに走るためには、チェーン走行が絶対条件なのだが、最近のタイヤ技術の向上で、昔のようにチェーンを巻いて走る車は皆無で、殆どがスパイクタイヤを装着していて、スパイクの金属部分が道路のアスファルトを削ってしまうのだ。
特に大型トラックの多い昨今の道路事情で、トラックの車軸幅の削り溝が高速道路に延々と続いている。
そのため、車軸幅の狭い乗用車が返ってスリップを起こす事故が頻発するようになった。
郁子の運転する車がスリップの連続の中を時速100kmを超すスピードで岩見沢まで向かった。
助手席に座っている雄仁は生きた心地がしない。
自然に目をつぶってしまい、知らぬ間に幻想状態に入っていた。
『オヒトちゃん!オヒトちゃん!』
ハナの囁きが久しぶりに雄仁の胸に届いた。
しばらくの間、精神が落ち着いた中で、郁子のことばかりに想いが集中していたため、ハナの囁きが雄仁の胸に響かなかったのである。
隣で必死に運転している郁子のことを慮ると、露骨にハナの囁きと会話をすることが出来なかった。
雄仁は胸の中でも沈黙を維持した。
『オヒトちゃん!オヒトちゃん!』
ハナは必死に叫んだ。
「ハナが囁いているんだ!ハナと話していいだろう?」
雄仁は今の郁子を裏切ることが出来なかった。
そして郁子に告白した。
郁子は涙を流しながらも頷いた。
「もうハナさんとはずっと長いのでしょう?」
「うん!」
今度は雄仁が頷いた。
「ハナさんが待っているんでしょう?早く返事してあげなさいよ!」
「うん!」
雄仁は目をつぶった。
『俺だよ、雄仁だよ。厳子も元気だったかい?」
ハナの囁きが止まってしまった。
『何で返事してくれないんだよ!』
ハナは泣いていたのだ。
『オヒトちゃん、郁子さんていい方ね。あたしの姉の貞子とえらい違いだわね。郁子さんみたいな人だったら、オヒトちゃんも苦しみながら死ぬこともなかったのに・・・。郁子さんの店の主人は春王なんでしょう?あんな異常性格者の下で育ったから郁子さんは正常な女性に育ったんだわ・・・』
『ひとつ聞きたいことがあったんだけど、いいかい?』
ハナはまた黙ってしまった。
『郁子さんは、誰だったんだい?俺には分からないんだ。それさえ分かれば・・・・・』
ハナはまだ黙っていた。
『俺の知っている人かい?』
『ええ、そうよ』
ハナが応えた。
『あなたのよく知っている人よ』
雄仁は、誰なのか一向に思い出せない。
『・・・・・・・』
『何だって!』雄仁は叫んだ。