第二十話 白いカラス

千歳空港に降り立ったのはもう夕方だった。
辺りの森はシベリアのツンドラを髣髴させ、滑走路に迫るような迫力で地平線の向こうまで伸びてゆき、一本一本の木々が、まるで千枚通しのように、真直ぐに灰色の空を突き刺しているようだった。
機体の小さな窓から、凍てつくような鋭さの千歳の森を眺めていた雄仁は、急に不安な気持ちに襲われた。
胸が押し潰されそうな圧迫感は、単調な水平線的痛みに加えて、太陽神経叢を交差点にして、頭頂から足心まで貫くような重苦しさが交錯しているようなものだった。
その瞬間(とき)、太陽神経叢が積乱雲となって、その中心で猛烈な対消滅現象が起きた結果生じた稲妻が、雄仁の丹田を突き刺した。
『朕じゃ、朕じゃ。わかるか?朕のことがわかるか?』
「があああん!」
もの凄い音が機体内に轟音となって響き渡った。
「きゃああ!」
鋼が摺り合うような金属音の悲鳴で、雄仁は気がついた。
「お客さま!お客さま!」
目を開けた雄仁の前に、真紅のルージュで血塗られた厚い唇のスチュアーデスの顔が迫っていた。
『ああ、お升だ!』
例の首筋を走る稲妻だった。
雄仁は、お升の厚い唇にアタックした。
「ああ、あんだ!久しぶりだあ!」
無我夢中で全身運動に没頭する雄仁は、1才にも満たないオスの子犬がただ本能に任せて獣の犬になり果てているようだった。
「お客さん!」
制帽を被ったごつごつした顔の男が、目を瞑って桃源郷に沈溺していた雄仁の目を無理やりこじ開けた。
「ひらけゴマ!」
「何だ!一体!」
雄仁は飛び起きた。
「お客さん!到着地に着きました。ここはトイレじゃないんです!早く降りてください!」
機長が困り果てたスチュアーデスの報告で、雄仁を強制退去させたのだ。
待ち合いロビーのタラップにぐったり疲れ果てた雄仁が出て来ると、出迎えに来ていた郁子が嬉しそうに立っていた。
「いらっしゃい!」
郁子の熱烈歓迎の言葉も、意識が朦朧としている雄仁の耳には響かなかった。
「雄仁さん、どうしたかしたの?」
「もうたくさんだ!もうたくさんだ!もうけっこう、けっこう、こけこっこ!」
例の二羽の烏が今屋の黒い屋根の上を飛んでいる。
「こけこっこ!こけこっこ!」
『お升!お升!また例の真黒な烏が白い鶏に化けて今度は黒い糞を・・・』
悪夢にうなされている雄仁を、労わるように郁子は優しく抱擁するのだった。
「こけこっこ!カア、カア!こけこっこ!カア!」