第十五話 現実の醜さ

「郡山!郡山!」
駅のアナウンスが聞こえて、正気に戻った雄仁は空腹を感じ、駅弁を買うことにした。
5分間の停車と聞いて、汽車の外に出た。
「お客さん!郡山名物のかしわ弁当はどうですか!」
駅弁を売りに回っている中年の女が、雄仁に声を掛けてきた。
「かしわ弁当とお茶を・・・」
千円札を2枚、その中年の女に渡すと、「はい、お釣!」と言って5百円玉を一個、雄仁に渡した。
またまた何か起こるのではないかと、疑心暗鬼になっているが、別段異変はない。
ポリ袋に弁当とお茶を入れてもらって、汽車に戻った雄仁は、ゆっくりと自分の席に戻った。
20代半ばの男女が、仲良さそうに笑いながら喋っている。
「ああ、お帰りなさい!駅弁を買われたのですか?」
安堵の胸を撫で下ろして、「ええ!」とだけ答えたが、何かうしろ髪を引かれる思いになって、彼らに訊ねてみた。
「何処まで行かれるんですか?」
今度は女性の方が雄仁の正面に向かって返事した。
『郁子か、お升の顔が・・・』
期待と不安が交差する中で、正面に見えてきた女性の顔をそろりと見た。
『何だ、見たこともない顔だ!』
当然のことがおかし気になり、おかし気なことが当然のことのように習性になっているのだ。
「次の白河で降りるんです!」
当たり前の返事が帰ってきた。
「ああ、そうですか・・・」
素気のない返事をする雄仁を見て首をかしげる女性に、相手の男性が優しく声を掛けた。
「磐梯山は奇麗だったね。猪苗代湖も奇麗だったし・・・。まるで富士五湖と錯覚してしまいそうだったよ」
「そうね。本当に・・・そうね。この方も富士山と勘違いされていたほどですもの」
『やっぱり自分は、富士山と勘違いしていたんだ・・・。だが彼らも富士山だと確かに言った筈なのに・・・』
ぶつぶつ独り言を言う雄仁を無視して、カップルは楽しそうにふたりだけの世界に没入している様子だった。
陸奥五号は、既に走り出していた。
車窓の右うしろ側に広がる会津富士の磐梯山を背中で見ながら、雄仁はかしわ弁当を頬張っている。
例のカップルは、自前の弁当を出して、仲良く食べだした。
彼らの弁当を横目で見ながら、少し羨ましく思った。
『ハナはどうしているんだろう?最近囁きが殆どない』
『郁子のピチピチした体は最高だったなあ・・・また・・・』
『お升は、抱擁する相手としては、最高の女性だったなあ・・・しかし・・・もう・・・』
雄仁の方から幻想を誘惑するのだが、一向にその気配がない。
「白河!白河!」
再び、到着のアナウンスが聞こえた。
カップルが下車する白河駅に着いたのだ。
「よい旅を・・・」
ふたりは丁寧に雄仁に挨拶をして白河駅に下りて行った。
窓越しにふたりを見送っていたら、ふたりがこちらを向いて、何かひそひそと喋っている。
口元の動きで、何を言っているのか雄仁はわかるのだった。
「あの人の顔、ブタに見えなかった?」
女性の方が訊ねている。
「やっぱり君もそう見えたのかい?僕もそう思って、そっと頬をつねって、夢ではないかと確かめてみたけど、痛かったよ」
「じゃあ、あの人の顔は正真正銘のブタ面だったのね!」
そう言ってゲラゲラ笑っている。
「何だと!」
自分の怒声で、かしわ弁当の残り滓が、窓ガラスまで飛び散るのだった。
『いわゆる現実より、幻想の夢の世界の方がずっといいじゃないか』
心の中で呟くのだった。