第百四十五話 目線の会話

「あんた、どういうつもりで郁子を刺したんだ?」
「衝動で刺したから、意味はない・・・」
「そうか、それなら仕方ないな」
「あんたも、衝動でふたりの人間を切り刻んだろう?」
「そうだ。あの時は憎しみからだと思っていたが、切り刻むほどの憎しみはなかった」
「刃物で人間の肉を切るのは、衝動からでないとできないものだということが、よくわかった」
「あんたの言うことが、よくわからないんだが・・・」
「あんたは理屈でわかっていないが、道理でわかっている筈だ。畜生が争うときは、己の牙と爪で相手を切り刻むことによって、相手が死んだことを確かめる。相手が死ぬことは、自分が死ぬことをも意味している」
「あんたの言いたいことはよくわかる・・・。相手が死ぬときは、自分も死ぬということで、それで初めて生と死を超えることができるのだ・・・」
「昔の武士や戦士は、みんなそのことを理解していた・・・・・」
「死ぬことは生きることに通じ、生きることは死ぬことに通じる」
「あんたは武士の血を引いているから、理屈でなくて道理でわかっている」
「あんたは万世一系の血を引いているから、理屈でしかわかっていない」
「その違いが、権力に就く者と、権威に就く者の違いとなって、この日本の特徴を形づくってきた・・・」
「彼女は助かった筈だが・・・」
「あんたは最初から殺すつもりはなかった・・・」
「それが万世一系の弱点だ・・・。あんたは必ず止めをさす・・・。武士の強みだ・・・」
「彼女はあんたの妹らしいが、あんたの心の中では、自分の女だと思っているだろう?」
「あんたは郁子のことを気に入っているのに、傷つけた。裏を返せば同じだろう・・・・」
「ところで、何故あんたは、彼女に『カスケード』という本を手に入れるよう、依頼したんだ?」
「郁子は、そんなことまで、あんたに言ってたのか・・・」
「ここに、三冊の『カスケード』を持って来た」
「郁子を刺して、良心の呵責に苛まれたわけでもあるまいに・・・」
「良心の呵責からではなくて、あんたの先祖に絡むことで、それは延いては、俺の先祖に絡む問題でもあるからだ」
「俺の血にも、万世一系の血が混ざっているということか・・・」
「『カスケード』で言っている・・・。それを知りたかったんだろう?あの男は、十四代毎三代に亘った末に生まれた筈だ、つまり四十二代目の末裔だということだ。初代アブラハムから十四代ダビデ、十四代ダビデからバビロニアに捕囚の二十八代エコンヤ、二十八代エコンヤから四十二代目がイエスだ。」
「あんたの前世は、初代神武から十四代仲哀即ち倭建、十四代倭建から二十八代欽明、二十八代欽明から四十代の天武、四十代の天武から八十八代の後嵯峨、その子・後深草からはじまる伏見・後伏見・後光厳・後円融・後小松・称光・後土御門・後柏原・後奈良・正親町そして後陽成・・・・と続くわけだろう?」
「初代神武は紀元前660年つまりバビロニア捕囚の時に、この国を統一して初代天皇になったというわけか。『カスケード』の一体どこにそんな記述があるのか、俺にはわからない」
「それを調べるのが、俺の仕事だ」
「じゃ、この三冊を、あんたに渡そうか?」
「郁子に頼んだから、あんたから受け取るわけにはいかない」
「そうか、それじゃ、いつここを出るつもりだ?」
「郁子が、『カスケード』を持ってやって来た時だろう」
「もうそろそろ行かなければならない」
「管内が騒がしくなってきたようだな」
「今度会った時は、言葉を交わすことはもうないだろう・・・」
「そうだな・・・」