第百四十三話 二匹目の獣

平岡雄仁。
万世一系の流れを汲み、肉体的繋がりだけで百二十五代も続く奇跡的な一族の血を引きながらも、悲惨な個人の人生を送り、峰打ち事件で垣間見ることができる、その獣性は天地創造の時から、屠られた小羊の命の書にその名が記されている獣である。
前日、仙洞御所で雄仁は夢を観た。

“・・・・出産してから三ヶ月が経つのに、厳子は実家の一条家に居座ったままでいた。
内裏から迎えが来ないからだ。
実家に居ては噂話が耳に入って来ないので、気になる厳子は、姉の貞子が一条家に戻って来た折に尋ねてみた。
義満が裏で工作をして、上皇の神経を衰弱させようと企んでいることを知っていた貞子であったが、妹には何も話さなかった。
一条家の姉妹でありながら、妹は治天の后であり、唯一の頼みの綱である義満の気持ちも厳子に向いているのが、貞子には悔しくて仕方なかった。
嘗ては天皇であり、治天の君にもなった後光厳の寵愛を受けたこともあるのに、今は何の支えもないと思うと無性に腹立たしかった。
「わたしから、治天の君にそっと聞いておきましょう」
その夜、貞子は義満に厳子の心情を報告した。
『そろそろ時は熟してきたな・・・』
内心思った義満は、叔母であり上皇の生母である崇賢門院を訪ねた。
「これは、准三后殿。如何なされたのじゃ、わざわざ来られるとは」
義満は、姉の貞子が妹の厳子を心配していると言って、後円融に厳子を迎えに行かせるように頼んだ。
我が子の後円融と厳子の仲がうまくいっていると聞いていた崇賢門院は、義満の罠にまんまと掛かった。
持明堂で「自殺してやる!」と言った事件以来、後円融は崇賢門院の言うことはよく聞いた。
そして、厳子が内裏に戻ることになった。
戻る日を決めるに当たって、義満は、厳子の月の日を貞子に調べさせた。
『天狗も恐るべき策士になったものよ・・・』
そう思う貞子であったが、もう義満に逆らう気力は無かった。
厳子の月の日に合わせて内裏に帰参するよう図った義満と貞子の罠に二人はまんまと掛かった。
数ヶ月ぶりの寝所で、後円融が厳子の体を求めた。
しかし、厳子は月のものが出ているからと丁重に断った。
自分の要求が拒否された後円融は完全に切れてしまった。
「この無礼者めが!」
横にあった刀を抜いて、後円融は厳子を峰打ちにした。
先ず刀の小束を厳子の下腹にめり込ませた。
「おおお!」
鳴咽の悲鳴は、寝所の隣の部屋に潜んでいた貞子の耳にも強烈に聞こえた。
後円融は更に、義満がこよなく愛した女御の豊満な胸に、剣先を突き刺した。
「ひぇ!」
血しぶきの音が、貞子の耳まで達した。
数回にわたる峰打ちで血だらけになった厳子は、独りで一条家に逃げこんだが、その時には瀕死の状態だった。”

ニンマリ笑っている後円融が雄仁の顔とラップした瞬間、雄仁は夢から醒めた。
『ああ、今まで夢を観ていたんだ!しかし、この夢は延々と続くのだ!』
雄仁は囁いた。