第百四十一話 藤原五摂家

平岡雄仁は郁子を愛憎の念から刺したと思い込んでいた。
郁子の背後に藤原たけしの陰を見ていたからであろう。
現世では兄妹であろうが、実在の世界では血の繋がりなど何の意味も持たない。
兄と妹との間でも性行為は自然であり、雄仁が実の母ハナとの間にあった交渉も、長年の葛藤の末に到達した境地であった。
それだけに、郁子とたけしの関係は、赤の他人以上の乖離があった。
赤の他人以上の乖離とは、肉体関係があるとほぼ断言でき得る相関性を有する。
雄仁は、「カスケード」の意味するところを確認するために、郁子の兄である藤原たけしと対決せざるを得なかったのだ。
郁子が平岡雄仁に刺されたニュースは、既にたけしが収鑑されている京都拘置所に報告されていた。
たけしの様子を窺っていた雄仁は、三冊の「カスケード」を携えて京都拘置所に向かった。
同じ頃、五郎も三冊の「カスケード」を携えて、再び京都府立病院に向かっていた。
雄仁は、物質化現象を起こす超能力など具えていなかったが、現実に物質化即ち実現化する能力は具わっていることを自覚していた。
世界に誇る万世一系の血統が、物質化実現能力を雄仁に与えていたと言えるだろう。
郁子が発見した古書籍店に、自然に入っていって、残りの二冊の「カスケード(中)」と「カスケード(下)」を見つけたのも、物質化実現能力が発揮された結果であった。
店の老主人が、醜い動機を起こした結果、雄仁の目前に並べられた、「カスケード(中)」と「カスケード(下)」の意思は、明らかに雄仁に向いていた。
一種の磁力であるが、10万人に一人ぐらいの確率で誕生する。
百万遍の交差点で郁子を刺した直後、雄仁は仙洞御所を訪れた。
ハナと一緒に初めて訪問した際に出会った警護官が、その後、雄仁の御家人のようになって尽くした。
「ここを御所と思って自由にお暮らしください」
警護官の名前は万礼小路貞満という。
藤原五摂家の一つである一条家の流れを汲む家柄である。
一条家は、藤原五摂家の末席に当るため、近衛家を筆頭とする五摂家と言っても、常に冷や飯を食わされてきた家だ。
政権の実質権力者である、太政大臣の位に就くことはほとんどなく、近衛家と鷹司家で交代する中、左大臣、右大臣のポストをめぐって九条家、二条家と争う歴史を持っていた。
仙洞御所の警護官を歴代勤めてきたのが、一条家の枝流の万礼小路家であり、後円融天皇の后、藤原厳子の実家であった。
「『カスケード』という本を探してくれないだろうか?」
雄仁は万礼小路貞満に命じた。
「何故、「カスケード」という本をご存知なのですか?」
万礼小路貞満の顔は青ざめていた。
「別に大した意味はないのだが、藤原郁子という女性が、兄のたけしから依頼された本らしい・・・」
万礼小路貞満の顔は真っ白に変わっていた。
「藤原たけしというと、京都拘置所に拘留されている殺人者の藤原たけしですか?」
雄仁の表情が変わった。
「どうして彼のことを知っているんですか?」
「彼の実家は、平泉の藤原家ですが、実は万礼小路家とは親戚関係にありますので・・・」
平泉の藤原家が、源義経を保護した経緯、そして万礼小路家との歴史を、雄仁は延々と万礼小路貞満から聞かされた。
京都拘置所の門の前に立った雄仁は、小椋亨と郁子と三人で、この門の前からタクシーを乗った時のことを思い出していた。