第百四十話 所謂現実への回帰−その後

数時間が経過していた。
「ピイッ!」
重苦しい音が鳴った。
赤い下地に白い浮き文字の「手術中」のランプが消灯した。
ぎょろっとした目だけ輝かせて、医者が手術室から出て来て、三人に話し掛けてきた。
「藤原郁子さんの関係者の方ですか?」
五郎が素早く答えた。
「はい、そうです」
マスクを外しながら、医者は五郎に向かって誇らし気に言った。
「被害者は助かりましたよ!」
五郎は心の底から安堵した。
その気持ちが、肉親に対する以上のものであったことを、本人は十分気づいていた。
亨も、『祥子が助かった!』
血の繋がりなど、もうどうでもよかった。
ふたりの様子を見た容子は、はじめて我に戻った。
「あなた、誰が助かったと言うの?」
亨が自分の夫であることに気づいた途端、些細な日頃の記憶が人間の苦悩を蘇らせたのだ。
『若しかしたら・・・』
人間の悩みは、いつもこの言葉で湧き上がってくる。
『若しかしたら・・・』の『・・・』の問題ではなく、『若しかしたら』に問題がある。
しかし、その原因は、『・・・』にある筈だ。
『・・・』は『今、ここ』でない故に、『・・・』であり、『・・・』が、『今、ここ』になったら、『若しかしたら・・・』すべてが消えてしまう。
つまり悩みは失せてしまう。
人間とは、実に無駄な生き方をしている。
容子の顔に不安の表情が表われた。
それを見ていた五郎は、敏感に察した。
徐に、「カスケード(中)」を開いて、呟くように言った。

“Cascade 53 思い悩み
イエスは弟子たちに言われた。
「命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切だ。烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈りいれもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなたがたは、烏よりもどれほど価値があることか。あなたがたのうちの誰が、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。こんなごく小さな事さえできないのに、なぜ、ほかの事まで思い悩むのか。野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾っていなかった。今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように着飾ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである。信仰の薄い者たちよ。あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また思い悩むな。それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである。ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。自分の持ち物を売り払って施しなさい。擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない。あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ。」”

五郎の話を聞き入っていた容子も、口ずさんでいた。